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お嬢様 must go on!  作者: 紙月三角
第5幕 ショー・マスト・ゴー・オン
32/37

02. 分かりました。其れでは御行き下さい

 文化祭の当日は雲ひとつない快晴となった。前日の夜に降っていた雨はすっかり止み、今は少し空気がひんやりしているくらいで、文化祭の開催にはなんの支障もない。いつもはお嬢様方しかいない学園の敷地には、上質なスーツを着た紳士、気品に満ちた厚化粧の貴婦人、さらには国会議員や、大御所の映画俳優など、TVやスクリーンで良く見る顔ぶれもある。そしてそんな彼らそれぞれが、屈強な黒服のボディーガードや秘書を側に連れているのだ。普段は広すぎるはずの学園の敷地が、今日はそんなセレブな雰囲気をまとった人達でごったがえし、学園の姿は見違えるようだった。

 その大勢の客の中には、普通の学園祭に見られるような一般客、他の学園の生徒といった姿はほとんど見られない。それは無理も無いことで、この学園の文化祭に来られるのは、厳正なる審査を通過した上で、学園長の許可を得る事ができた社会的、経済的地位に優れた人間に限られていたからだった。たとえ学園の生徒であっても、勝手に知り合いや家族を呼ぶ事さえ出来なかったのだから、自然と客層は偏ってしまう。

 身も蓋も無い言い方をしてしまえばこの文化祭は、生徒のためのお祭というよりは、将来を背負ってたつ学園の優秀な人材たちと現在の日本の権力者とがコネクションを作るための政治的なイベントという意味合いが強かったのだ。



「もう!全然足りませんわ!誰か空いてる方、焼きそば100玉追加です!…えっ?!ソースも無い?もう何でもいいから全部あるだけ買い占めていらっしゃい!」

「…千秋は鉄板ノ前に立つと人がカワルネ……」

「ってちょっとタマラ!キャベツを生で食べないで下さるかしら!?どうりで減りが早いと……朝霧さん!勝手に持ち場を離れてどこいらっしゃるの!」

「そ、そろそろ…、沙夜ちゃん、達の…お、お手伝いに…」

「OH、もうそんな時間カ?それじゃあここは千秋にマカセテ…」

「はあー?!私だって実行委員抜け出して手伝ってんのに、あなたたちこんな忙しい時になに考えて…」


 …とはいえそんな政治的な本質を気にしているのはあくまで学園の上層部くらいのもので、生徒たちにとっては、普段お嬢様である事を強いられて抑圧されているストレスを発散する、絶好の機会でしかなかった。




「…御連絡は御出来になりましたでしょうか?」

「駄目です!さっきからかけてるんですけど全然繋がらなくて!…もぉ、どこ行っちゃったのよぉ!こんな時にぃ!」

 演劇部の部室。イライラした様子で携帯電話を乱暴に叩く沙夜。一方の衿花は、いつも通りの無表情で、いたって冷静のようにも見える。だが、実際には心ここにあらずで、もうずっと前から中身が空っぽになったティーカップを何度も無意味に口に運んでいる。

 沙夜達は、あと1時間ちょっとで始まる舞台の本番に備えて、既に本番用の衣装とメイクを済ませていた。


 沙夜の衣装は、いかにもメイドというようなフリルのついたエプロンドレスとカチューシャ、短いスカートの下には、太いボーダーのニーソックス。やりすぎなくらいに可愛らしいその衣装は、がさつで貧相な沙夜には若干不釣合いだった。

 衿花の衣装もフリルとレースがふんだんにあしらわれていたが、それは沙夜のメイド服とはまた違った印象で、フランス人形のような、外へと大きく広がるデザインのドレスだった。申し訳程度に頭に斜めにのせた小さな帽子と、リボンのついたロングブーツも合わせて全体が赤と黒のチェック柄で統一されている。首からさげた大き目の十字架のネックレスはドレスの派手さを抑えて、いいアクセントとして機能している。

 肩から背中にかけてざっくりと開かれているデザインのため、体育祭以降衿花の体中を痛々しく包んでいる包帯があらわになっている。最初衿花は「御見苦しい物を御見せする訳には…」と言って、服飾部に何か羽織るものを追加してくれないかお願いしたのだったが、服飾部の部長に「なーに言ってるの衿花っち!その包帯アリ!逆にアリだよ!」と押し切られてしまい、結局、包帯も含めてこういうファッションの役だ、という設定に甘んじているのだった。


「やっぱり駄目だ。みんなに協力してもらったんだけど全然見つからない。蘭子ちゃんは多分、学園の中にはいないよ」

 上下白のタキシード姿のしとねが、力なく部室に入ってきて言った。沙夜はそれを聞いて「ああぁ!もぉ!」と激しく頭をかく。



 本番当日の朝、部員達は部室に集まって最後のミーティングを行うはずだった。だが、集まった他の部員たちがどれだけ待っても、何故か蘭子だけがそのミーティングに現れなかった。ミーティングだけではない。心配した部員たちが手分けして学園中を探し、思いつく限りに連絡をとったのだが、気づけばもう劇の開始まで1時間前になっていたというのに、部員の誰も蘭子の行方を知る事が出来ずにいたのだった。沙夜たちはとりあえず衣装には着替えて、いつでも劇を始められる準備だけはしておいて、とにかくギリギリまで蘭子を探していた。


「御学外ですか…となりますと、最早御開演時間前に見付けさせて頂くのは難しい様で御座いますね」

 衿花が小さくため息をつきながら、気持ちのこもっていない声で言う。

「どーりで見つかんないわけだー…こりゃー、中止もあるかもねー…」

 いつのまにかしとねの後ろから部室に入ってきていたきいな。彼女にあわせた極小サイズの薄いピンクのトレンチコートに、同じ色のハットを被った姿は、小学生の学芸会の仮装のようで可愛らしい。だが、きいなの演技力にかかればその小学生がくたびれた中年刑事にしか見えなくなるというのは部員たちの誰もが知る事だった。

「し、しとねちゃん!もうこうなったらみんなに言って、学外も探してもらって…」

「もう結構でしょう。黒星様」

 目を瞑ってうつむいている衿花。

「楽しみにして下さっている御客様がいるのです。本番様は中止にさせて頂くことは出来ません。…鳳様の御役無しで、上演する手段を考えさせて頂きましょう」

「ちょっ!そんな…!だって蘭子は主役ですよ。主役がいなくてミステリーなんて出来ませんよ!」

「御開演迄、後一時間程御座います。今から台本様を修正させて頂いて、鳳様の御出番を皆様で分担致しましょう。キイ、台本様は任せて良いわね?」

「えー…」きいなは嫌そうに引きつり笑いを浮かべる。「やってみる、けどー…」

 衿花は小さくうなづき、部員たちを見渡す。

「其れでは皆様、此の件に付きましては…」

「そんなのって……わ、わたし!外まで探しに行ってきます!」

 部室を飛び出そうとする沙夜。エプロンとスカートのフリルが激しく揺れる。引きとめようとするしとねが手を伸ばそうとしたとき、衿花の叫ぶような声が部室に響いた。


「御止め下さい!」

 沙夜は立ち止まる。

「御忘れですか?此の部の方針は、来て頂ける方は拒まず、御去りになる方は追わず。ですから鳳様を追われる必要は御座いません。どうか御残り下さい」

「…行きます」

 沙夜は首を振る。その様子を見て、衿花はまたため息をつく。

「御学外という事は、その可能性様は無限で御座います。残り少ない御時間で見つけさせて頂くのは、どう考えさせて頂いても御無謀、御無茶というもの。…何処か思い当たられる御場所でも御有りになら無い限り、絶対に不可能で御座います」

「そ、それは……、思い当たる場所なんて……あっ」

 その時、沙夜にはある場所を思いついた。

「例えさせて頂ければ、鳳様がよく行かれそうな御場所、或いは何か御思い入れが御有りになるような御場所…」

 蘭子がどうしていなくなったのかは分からない。しかし一度思いついてしまったら、沙夜には蘭子がその場所にいる事を疑う事が出来なくなった。あそこだ…あそこしかない。

「…其れはきっと鳳様にとって特別な御場所。そんな御場所を黒星様は御存知なので御座いますか?」

「はい…。きっと蘭子はあそこにいます…」

「……御自信が御有りなのですね?」

「…はい…」

 真剣な表情で言う沙夜。しばらく沈黙が続く。4人の部員たちは誰も喋らない。


 やがて衿花がわずかに首を振る。

「…分かりました。其れでは御行き下さい」

 諦めた様子の衿花。何度目かのため息をつく。

「ただし」しっかりと沙夜の目を見る。「御開演時間迄には必ず御戻り下さい。例え一秒でも、本番様を遅らせる事は出来ません。御開演時間になりました時点で、わたくし達だけでも御劇を開演致します」

 そんな無茶な…。きいなが更に顔を引きつらせる。沙夜は力強くうなずく。

「はい!」

「…キイの家の車を呼んであります。黒星様の御心当たりがどちらかは存じ上げませんが、御徒歩や御自転車よりは御早く行かれる筈です。御使い下さい」

 沙夜は目を潤ませながらにっこりと笑う。そして深々と礼をした。

「ありがとうございます!」

「…宜しく御願い致します」

 沙夜は勢いよく部室を飛び出した。



 残された3人は無言で沙夜の出て行った部室の扉を見つめていたが、しばらくすると急にしとねが吹き出した。

「…くふふふ、衿花ちゃんは演技はあんなに上手なのに、嘘をつくのが本当に下手だね…」

 衿花はいつもの仮面のような無表情で、じっとテーブルの上のティーカップを見つめていた。

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