04. 『泣いた赤鬼』か!お前わっ!
沙夜がクラスメイトにパーティーに誘われている間に、いつの間にか姿を消していた3年生の2人。彼女たちは劇場を去った10分後には、いつものように高級車の後部座席に並んで帰宅の途についていた。
きいなはさっきから無言で、となりに座る衿花をじろじろと見たり、露骨に顔を覗き込んだりしていた。その様子は、「あたしに何か言う事はないの」というアピールだったのだが、しかし衿花の方は全く動じない風で、どこか満足げな表情で窓の外を見ているばかりだった。いよいよ我慢しきれなくなったきいなが、仕方なく自分の方から話しかけた。
「怪我。まだ痛いとこあるの?」
衿花はいつにもまして機嫌良さそうに、歌うように答える。
「いえいえ、もうどこも痛くなんてありませんわー。というか、本当は最初から怪我なんてしてなかったかもしれませんわねー」
きいなは肘で衿花の右肩を小突く。衿花は思わず「痛っ」と声をあげ、直ぐに「…くなんて有りませんわー」と誤魔化す。
「……『泣いた赤鬼』か!お前わっ!」
「ええ?」衿花は微笑む。「より正確をきすならば、『泣いた赤鬼』に登場する青鬼か?とでも言うべきでは御座いませんか?まあ、わたくしは青鬼様の御役を演じさせて頂いていた積もりは毛頭御座いませんけれど」
すました顔で、あえて他人行儀に変な敬語で答える衿花。あきらかに調子に乗っている衿花の様子に、きいなは呆れ果てていた。
「それに付け加えさせて頂くならば、『青鬼様が赤鬼様に宛てた置手紙』に当たる物が御座いませんので、どなた様も泣いておりません。そういった意味で、此の状態を件の童話に例えるのは…」
「もー、わかったよー…」きいなは頭をかく。「とりあえずー、こんどからあたしの名前使う時は、先にあたしにも話しといてよねー…」
衿花はまるできいなのように、くく、と笑う。
「あのメールは良く出来ていたでしょう?実際、どなた様も御気付かれにならなかった御様子」
「いや、ほんと勘弁して…。あたしあんなんじゃないから…。しかもエリが早く教えてくれないから、あたしがあいつの誕生日知ったの、今日ガッコーにきてからだかんね…。あのメールの辻褄合わるために、うちのシェフ総動員で、半日であんなケーキ作らせたんだから…」
衿花は我慢しきれなくなって声をあげて笑った。
「あはははっ、…ああ、本当にごめんなさい。そこまでは考えが及ばなかったもので。危うく、メール送信者のキイが何故か『彼女の誕生日』を知らなくって、1人だけ『誕生日プレゼント』を用意していない、なんて事態になってしまいそうでしたわね」
「…そーゆー自分は、誕生日なんか興味ない振りしとけばいーんだから、楽なもんだねー…。まったくー、エリは1人で格好つけすぎなんだよ!」
「あら、そんな積もり有りませんわー」
どんどん自慢げな顔になる衿花。そんな態度にきいなはイラッとする。
「まー、エリのプレゼントのセンスは壊滅的だもんね。いつもに比べたらずいぶん気が利ーてるよー、今回はー」皮肉たっぷりのつもりだったが、衿花には伝わらなかったようだ。相変わらず、衿花はニコニコと笑っている。「中等部1年だっけー?あたしの誕生日にアニメの魔女っ子変身アイテムくれたときは、馬鹿にしてんのかこいつー、って思ったよー」
それまで得意げだった衿花の表情が、ちょっと引きつった。
「あ、あれは、小等部の六年生の時ですわ…。わたくしキイがどんなものが好きなのか、よく分かってなくて…」
「いや、小6だとしても魔女っ子はおかしいでしょ…しかもあれよく見たら使用済みだったよ…もしかしてエリ、プレゼントする前にあれで遊んだ…?」
「や、やっぱり小等部の一年生だったかしら、六年生でそれは、幾らなんでも幼稚過ぎますものね。ましてわたくしがそんなもので遊ぶなんて事、有る筈が有りませんわ。…もしかしたら確認の為に開封位はしたかもしれませんけれど、だいたい自分が使用した物を人様にプレゼントする訳無いでしょう?まったくキイはわたくしの事を馬鹿にし過ぎですわ…」
慌ててまくし立てる衿花。「どーとでもー」ときいなは笑う。
外面は完璧で、誰もが憧れる衿花も、きいなの前ではいつだって隙だらけで、つっこみどころ満載のポンコツ娘だ。きいなは、ちょっと物事が自分の思うようになっていい気になってる衿花をみると、そういうところを突っついて、困らせたくなってしまうのだった。
「まーでもそーゆー意味じゃー、ほんとに今日のはマシな方だよねー。エリにしちゃー良く出来てたー」
それでも最後にはかわいそうになってフォローしてしまう、衿花に甘いきいなだった。
「あのメールでみんながあの転校生君の誕生日を知って、みんなが転校生君を祝うようになる。パーティーも開く。自然にそーゆー状況を作ってあげるのが、エリから転校生君への『誕生日プレゼント』…」
「…そんな大層なものでは御座いませんわ。ただ皆様がもし御存じないのでしたら、御知らせしておくのが良いかと、そう思っただけですわ」
きいなは目を瞑って、力なく頭を振った。
「エリはいつだって自分を後回し…。そりゃー転校生君は喜ぶかもだけど、これじゃーエリにとって何の得にもなってない。それどころか、もしかライバルだって増えちゃったかもよ?。…あの子のこと好きすぎて、勝手に誕生日調べちゃってる位アレなエリが、色々手を回してくれたから今日みんなが祝ってくれてるって事、転校生くんは気付かないわけじゃん…」衿花は、ふん、と鼻をならしてそっぽをむいた。「…今ってさー、転校生君とお嬢様ケンカしてて、ある意味すっごいチャンスだと思うんだけどなー。…今日の事、今の転校生君に教えてみよーかな。どーなると思う?くくっ…」
きいなは笑う。
「お嬢様に振られて落ち込んでる転校生君は、厳しいだけと思っていた部長さんが、どれだけ自分の事を思っていてくれたかを知る…。悲しんでいた反動で気持ちが燃え上がって、エリちゃん一気に大逆転ー…」
急に衿花がきっ、ときいなをにらんだ。
「キイ?余計な事はしないでちょうだい。わたくしは皆様が笑顔でいてくれるなら、それで良いのよ……もし黒星様やそのほかの方に何か言ったりしたら…これと同じ様なメールを、週三でこれからも一斉送信し続けますわよ?」
携帯電話に映るメールを見せ付けられ、「それだけは勘弁してください」ときいなは 頭をうなだれた。ただ、それでもまだ納得がいかないらしくぶつぶつと不満気につぶやく。
「…だってさー、どうせお嬢様には『時間制限』があるって言ったってー、転校生君の方がお嬢様に夢中だったら意味無いじゃーん。だったら、今のうちにお嬢様に差をつけとくべきだと思うんだけどなー…」
「…言われなくてもわかってるわ……早いうちに、あの方と決着をつけなければ…」
衿花は窓の外を眺めながら、きいなに聞こえないようにつぶやいた。
こんちにー!
みんなーきいなちゃんだよー?
ねー知ってるー?×月×日はみんな大好き黒星沙夜ちゃんの誕生日なんだよー!
2―Bのみんなゎーもうバースデーパーティーの準備とか始めてるー?
プレゼントってなんにするー?わたしのプレゼントはねー…
あーん、ハズかしー!やっぱり当日までヒ・ミ・ツ♪だよ!えへ♪
みんな!沙夜ちゃんにとって素敵な誕生日にしてあげようね!!!!
きいなちゃんでしたー!




