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お嬢様 must go on!  作者: 紙月三角
第4幕 ドレス・リハーサル
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02. うれし過ぎるぅ!

 わ、わたしの誕生日パーティ!みんなで!

 そんな…、そんなのって!…うれし過ぎるぅ!


 今日が自分の誕生日だったなんて、沙夜は完全に忘れていた。ただでさえ慣れないお嬢様学校の生活のうえ、演劇部の練習にも追われる毎日で、正直それどころではなかったのだ。


 それからの記憶は、沙夜にはほとんどなかった。幸福の連続、ただただ、それだけだった。まるで、自分がお姫様になったかのような、夢のような、きらきらした時間。誰もが自分を特別に扱ってくれて、自分を楽しませ、喜ばせてくれる。

 気が付いた時沙夜は、眼のさめるような美しい真っ赤なドレスを身にまとい、豪華ホテルを貸しきったパーティ会場の中心で、上品に微笑むお嬢様方に囲まれていた。会場を見渡すと、山のように積まれたプレゼントボックス。一流の演奏家によるピアノ演奏。その演奏にあわせて、沙夜にドレスを貸してくれた王女様、タマラ・ローゼンバーグが沙夜の知らない異国の歌を歌っている。

 彼女は、カリブ海に浮かぶ小国の第6王女でありながら、その国一番人気のジャズシンガーでもあるらしかった。今まで沙夜が聞いた噂の中の彼女は、沙夜とは完全に別世界の人間。たとえお嬢様学園にいるとはいえ、自分ごときには接点もなにもなく、わかりあえるはずもない、そう思って沙夜は自分から距離を置いてしまっていた。

 ただ、今日沙夜の前に現れたタマラはそんな沙夜の持っていた先入観とは全然違っていた。たどたどしい日本語で人懐っこく話しかけてきて、沙夜がちょっとでも変な事を言うと、顔をくしゃくしゃにして、床に転げまわって笑った。沙夜は1ヶ月同じクラスにいて、本当の彼女がそんなに親しみやすい性格だったことを全然知らなかった。

 タマラだけではない。このパーティーをきっかけに、自分とは世界が違う、庶民の自分とは合わない、と壁を作ってきたクラスメイトたちの意外な一面を沙夜は初めて知り、より身近に親しみを持つ事が出来るようになっていたのだった。



「沙夜さーん、本当にー、ごめんなさいー。私があの時口をすべらせなければー…このパーティはー、もっと素晴らしいものになったはずでしたのにー…」

 ゆるふわメガネ、改め那珂川千秋(なかがわ ちあき)はずっと自分の失敗を反省している。沙夜はとっくに許しているのに、「それはそれー、これはこれですわー」といつまでも自分で自分が許せないようだ。彼女は沙夜が思ったほど余裕があるわけでも、無神経でもなく、少しおっちょこちょいの普通の女の子のようだった。

「…で、でも…あ、あの、あんまり千秋ちゃんが…謝ってばっかりだと…逆に、沙夜ちゃんが……気を悪くするって、いうか…パーティー楽しめないんじゃ…」

 マフラー少女、朝霧静菜(あさぎり しずな)がどもりながら言う。今は背中に大きなリボンのついたブルーのドレスに合わせて、マフラーではなく長いスカーフを首に巻いている。彼女は喋り方こそはっきりしないが、その発言の裏には確固たる意思があり、無意識に人を従わせるような説得力があった。実際、朝霧にそう言われた那珂川も「そ、そうかしらー、私ー、また沙夜さんにご迷惑をかけてしまっていたのー?ごめんなさいねー…。あ、もう…。また謝ってしまいましたわー…ふふー」といって、それっきり謝るのをやめて笑顔を取り戻すのだった。

 沙夜は、今ではすっかり自分のクラスメイトたちと打ち解けていた。気付いたときには、クラスの全員と友人になる事が出来ていたし、実際に、タマラ、那珂川、朝霧をはじめとしたクラスメイトの何人かと、文化祭が終わったら一緒に買い物に行く約束もしていた。

 タマラと朝霧に至っては、今日の練習を見て演劇部の部員が足りていないことを気に掛け、音響と照明の係を引き受けてくれるとまで言ってくれた。正式には部長の衿花の了解を取ってから、という事になったのだが、部員が少ない上に本来の担当者の不破教諭が役に立たない、という現実が有る以上、それはほぼ決定したようなものだった。「私もお手伝いしたかったわー」文化祭の実行委員になっていた那珂川がそう言って残念がっていたのも含めて、クラスメイトたちのそんな思いやりが沙夜にはたまらなくうれしかった。



「沙夜ちゃん!これはきいなちゃんからのプレゼントだよ!」

 パーティの中ごろ、タキシードを着たしとねが、ウェディングケーキのような見上げるほどの大きさのケーキを運んできた。そのケーキには細部に至るまで美しいデコレーションがしてあり、全体が純白のクリームで白一色に統一されているのに、決して寂しさも単調さも感じない。さらに、切り分けるために土台にナイフを入れると中から驚くほどカラフルなフルーツたちが現れるというサプライズまで用意されていた。

「実を言うとね、このバースデーパーティーを開けるのもきいなちゃんのおかげなんだよ。沙夜ちゃんはきいなちゃんに感謝しないといけないよ」

 しとねの言葉に、周囲のお嬢様達も「そうだわ。私も琢己先輩には感謝してますわ」、「琢己先輩っていつも後輩に気を配ってくださるわ」、「演劇部の皆様が羨ましいわ」と賛同する。

「どういうこと?」

 首を傾げる沙夜。

「一週間くらい前かな、きいなちゃんからメールがあったんだよ。2―Bのみんなと演劇部の部員全員に一斉送信メールがね。それでみんな今日が沙夜ちゃんの誕生日だって知ったって訳」

 しとねは沙夜に携帯を差し出して、そのメールを見せる。

 それはちょっとよそ行きの、まるで初めて沙夜が会ったときのきいなのような可愛らしい文面で書かれていた。しとねの言うように、あて先欄にはおそらくクラスメイトのものだと思われる沙夜の知らないたくさんのメールアドレスと、沙夜ときいなを除いた演劇部の部員達のアドレス。


「琢己先輩らしい、とても可愛いメールでしたわねー」

「み、『みんなは』…、もうパ、『パーティーの準備始めてるー?』って、…き、きっとアレって……私たちに、パーティーを開いてあげて、って言ってるのと、…お同じ」

「ワタシタチ、ずっとサヨとオ友達になりたかったから、とてもチョードよかったTIMING」

 周囲のお嬢様達が口々にきいなの賛辞を述べる。沙夜は目を瞑って小さく笑った。

「そっか……うれしいな…」だがすぐに照れ隠しのように、おどけてみせる。「でもでもでも!幾らなんでもこれは大きすぎ!こんなに大きなケーキ絶対食べきれないよぉ!」

 しとねが笑う。

「余ったら演劇部のみんなで食べよう、って言ってたよ。切り分けて部室の冷蔵庫に入れといてもらうよ」

「うん!それいぃ!今度からミーティングはケーキと紅茶つきで!なんかお嬢様っぽーい!」


 沙夜は、演劇部の部員達がみんな笑顔でケーキを食べている光景を思い浮かべる。部長さん、琢己先輩、しとねちゃん、……蘭子。

 想像の中では屈託の無い笑顔を浮かべる蘭子。だが現実には、沙夜はもうしばらく蘭子の笑顔をみていない。


 沙夜は周囲を見渡し、今日何十回目になるか分からないが、金髪の縦ロールを探す。そしてこの場に蘭子がいない事を改めて思い知るのだった。

 彼女が知らなかったというわけは無い。さっきのきいなのメールのあて先には、確かに蘭子のアドレスも入っていたのだから。

 別のクラスだから、と言う事も理由にはならない。実際この場にも沙夜とは違うクラス、違う学年の生徒でさえいた。このパーティーは沙夜の誕生日を祝いたい、沙夜と仲良くなりたいという意思さえあれば、誰でも参加してよかったのだから。

 分かってた。今の彼女が、わたしの誕生日パーティーなんかにきてくれるわけなんて無い事…。それでも沙夜は、パーティーがお開きになるまでの間に何回も何回も、蘭子の姿を探さずにはいられなかったのだった。



 結局、タマラから借りたドレスは、何故かパーティー中に2回あった『お色直し』の分も含めて3着とも、沙夜にプレゼントされてしまった。それとは別に個人個人からもそれぞれ大きなプレゼントボックスをもらってしまっている。沙夜はまだ中身を見ていなかったが、パーティーの規模から予想するにきっと1つ1つが高価な代物なのだろう。今後他のお嬢様のバースデーパーティーに呼ばれる事があったなら、どんなお返しを用意すればいいのか…。沙夜はその件について考えると頭が痛くなるくらいだった。


 ホテルのエントランスで数十人のクラスメイト達に見送られ、沙夜は送迎用のリムジンに乗り込む。

「黒星さーん、今日はごめんなさいねー?恋人のー…うふふ、いえ片思いでしたかしらー?鳳さんもパーティーにお呼びする事ができなくてー」沙夜にだいぶ慣れた様子の那珂川が、後部座席のドアを開けたままの沙夜にいたずらっぽく笑いかける。「お忙しかったみたいでー、お話する事が出来なかったのー」

 彼女に悪意は感じない。きっと最近の2人の関係を知らないのだろう。沙夜はいつも通りのテンションで答える。

「あぁもう!絶対なんか勘違いしてるぅ!体育祭の事とかもう忘れていいから!わたしそっち系じゃないんだからぁ!」

 誰もが笑顔で、沙夜はそんなクラスメイト達を見ているだけで楽しくなってくる。

「ソーダヨ、勘違いしちゃ駄目ダヨ!」一生懸命沙夜の味方をしてくれるタマラ。「シトネが言ってたヨ。沙夜はシトネの恋人ダッテ!」

 味方だと思ったら、背後から斬り掛かってきた。

 っていうかあいつ、やっぱり有る事無い事言ってやがった。


「し、しとねちゃん…も…?さ、沙夜ちゃん、ふ、2股、だ……」

「だぁー!もう違うから!朝霧ちゃんまで乗っかってきてぇ!もう、どうしてみんなでわたしをそっち系にしたがるかなぁー!」

「サヨ。ワタシの国の永住権をあゲヨーか?ワタシの国、同性でも結婚デキルよ?」

「えっ、そうなの?それはいいなぁ。じゃあとりあえず2人分……ってなんでそうなるのよぉ!」

 このとき沙夜は、この学園のお嬢様達には、のりつっこみという物への免疫がない、という事に気づく事になった。だが、気づいたときにはもう遅く、笑顔だったクラスメイト達がざわめきだし、困惑の目で沙夜を見ている。

「あ、や、や、やっぱり…さ、沙夜ちゃん、て……」

「ああー、本当にごめんなさいねー。私ー、とてもデリケートな問題にー、触れてしまってー…」

「お、OK……スグに手配するネ……」

 たじろぎながらそう言って、携帯電話を取り出すタマラ。沙夜は急いでそれをやめさせる。


「ちょ、ちょ、ちょーっと!どうしてそういう話になるの!もぉ!わたしと蘭子は……」

 ……ああ、この感じ……。

「…わ、わたしたちはぁ、そういう関係じゃ……」

 ……なんか懐かしいな…。

「そういう、関係じゃあ……ないんだから……」

 ……あの子が誤解するような事言って、それをわたしが急いでやめさせて…。

「もう……」

 ……あの子馬鹿だから…、馬鹿で…日本語知らないから…、それでも全然やめなくって……。


 急にうつむく沙夜。クラスメイト達はさっきよりさらに困惑し、どうしたらいいか分からず、おろおろとしている。沙夜はすぐに笑ってごまかす。

「…なあぁんてぇ!びっくりした?!だからそっち系じゃないっていってるじゃあん、もう!じゃあねぇ、みんな!また学校でー!」

 元気一杯手を振りながら、後部座席のドアを閉める沙夜。安心してまた笑顔になったクラスメイト達に送られながら、リムジンは学園の寮へと出発した。

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