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お嬢様 must go on!  作者: 紙月三角
第4幕 ドレス・リハーサル
27/37

01. お嬢様を意識し過ぎっていうか…

…平良の部屋…


--部屋の中央で、頭を抱えて座り込んでいる平良。

--恐怖でぶるぶると体を震わせている。

--急に屋敷のどこかで銃声が響く。


平良「はあ…はあ……はあ…はあ…」


--しばらく平良の息遣いと、雨音だけが響く。


--とん、とん。

--優しいノックの音が2回。

--平良は急いで部屋のドアから離れ、両手で耳を塞ぐ。


平良「き、聞こえない……何も、聞こえないわ…はあはあ…

   天に召します……偉大なる……父よ……

   どうか我らの罪を…はあ…お許しください

   ……はあ…はあ……どうか……」


--平良の息遣いがさらに荒くなる。


--どんどんどん!

--さっきより速く、強くなったノックの音が響く。


平良「ど、どうか……私が…はあ…

   安らかに…はあ…息を引き取る事が…

   できますように……

   ああ、これは夢、そう、夢だわ…」


--ノックの音はずっと続いている。

--雷光とともに舞台が暗転。何も見えなくなる。


平良「て、停電?!

   ……もういや…なんて悪い夢……

   お願い…早く醒めて…」


--カチリ、という鍵が開く音。続いて、ギイー、という扉が開く音。


平良「誰っ!?こ、こないで!

   いやっ!死にたくな……」


--平良の声が途中で途切れる。

--舞台が再び明るくなった時、部屋の中央でぐったりと倒れている平良。

--再び雨と風の音だけが響く。


……………



 広大な学園の敷地の、ちょうど中心くらいに存在する大きな劇場。まるでギリシャの神殿のように中央が太くなっている無数の柱に取り囲まれていて、学園の近代的な校舎と比べるといくらか浮いている。内装も、赤いカーペットが敷き詰められたエントランスホール、大げさなシャンデリアなど、オペラやクラシックのコンサートがよく似合いそうなアカデミックで古典的な様式だ。だが、そんな一見古臭いような劇場の内部には、実は最新のテクノロジーがふんだんに使われており、舞台演出、音響、照明のどれを取っても超一流、およそ舞台に必要とされる全ての機能を備えているといっても過言でなかった。実際、演劇部の劇はもちろん、軽音部のライブ、聖歌隊の合唱、歌舞伎やサーカスの興行に至るまで、文化祭で行うあらゆる舞台系の出し物をこの劇場1つでまかなう事ができるくらいだった。

 体育祭が終わると、演劇部の練習も本番を意識した本格的なものになり、本番で劇を演じる事になるこの劇場を使って、本番と同じように最初から最後まで通しの演技練習を行っていた。もう誰も台本を見たりせず、滅多に途中でストップがかかることもない。

 すでに服飾部に依頼した本番用の衣装は出来上がっており、1度だけ衣装をきた状態での練習も行ったが、今日の部員達は学園のジャージ姿だった。

 結局、沙夜が何度聞いても本当の怪我の理由を教えてもらう事が出来なかったが、今も何でもない様子で普段どおりの演技をしている衿花のジャージの下は、全身包帯でぐるぐる巻きのような状態だった。体育祭で沙夜が見つけた右腕のあざと肘の捻挫だけでなく、左肩は脱臼、右足の親指の爪は割れて剥げ落ち、背中にはまるで大きな剣山で突かれたような無数の刺し傷があった。幸いにして骨折などの大きな怪我はないということだったが、どうやったらそんな怪我が出来るのか沙夜が不思議に思えるくらい、衿花の体は全身怪我だらけだった。

「顔とか脚とか、普段目に付く部分が無傷なのが救いだねー。女の子だもん、痕が残ったら大変よー」保健医は気楽にそんなことを言って笑っていたが、沙夜には何の気休めにもならなかった。

 しかも沙夜が一番歯がゆいのは、そんな怪我だらけの衿花自身が、極力周囲にその事を気にさせないように振る舞い、ともすれば沙夜ですら、衿花の怪我の事なんて忘れてしまう事があるくらいに、衿花が自分の怪我を自分だけで抱えこもうとする事だった。



「…此処で銃声様で御座います」

「ばーん!」

 衿花は自分の演技を行いながら、効果音や照明が変わるタイミングになると普段どおりの無表情でそれを告げる。きいながそれを合図に口で効果音を言うと、他の演者たちがそれに合わせて演技を行う。練習の途中で度々行われるその茶番は、演技の真剣さとミスマッチで随分間が抜けて見えた。だが、すでに何度もその状態で練習をしていた部員達にとっては、きいなが言う可愛らしい効果音が本物の銃声に聞こえるくらい、もうすっかり慣れてしまっていた。

 本来ならば、この通しの演技練習中に音響、照明の担当者も練習を行う。本番と同じように舞台上の演技に合わせて効果音、BGM、照明を操作し、タイミングやボリュームの調整などを行うのだ。だが、舞台を見渡せるように劇場2階に備え付けられたコントロールルームには今は誰もいない。全ての裏方を担当する予定だった不破教諭の仕事が忙しくて、演劇部の練習になかなか参加できずにいたからだった。



「……お嬢様はすごいいー雰囲気だすよーになったねー。いかにも狂気を内に秘めた殺人鬼って感じー!ちょっと露骨過ぎるとこもあるけど、その感じ、意識していつでも出せるように忘れないでねー。っでもでも、かわりに今度は転校生君がぐだぐだになってるねー。お嬢様を意識し過ぎっていうか…。まー理由はわかるけども、…とりあえず2人とも舞台に上がったらー、個人的な思いは忘れてちょーだいねー。はい、じゃー今日はここまでー。各自自分の課題を練習しておく事ー。明日もうちらしか劇場使わないから、大道具はそのままでいいよー、かいさーん!」

 通しの演技練習の後は、その中で見つかった問題点、課題を指摘しあうミーティングを行う。いつもならその課題を見直した上でまた演技練習に戻るのだが、今日は珍しくミーティングだけで解散となった。

 自分が指摘された内容を静かに手帳にメモしていた蘭子は、練習が終わればもう用はない、とばかりにさっさと劇場を去っていった。後を追うことが出来ない事を歯がゆくも悲しく思いながらも、沙夜はただその背中を見ていることしかできなかった。

 体育祭から、蘭子はまるで自分以外の他人を一切信用していないかのように振る舞い、全ての人間に嫌悪感を向けるようになった。

 だが、だからといってそれを理由に部活を休んだりすることは無かった。毎日練習には参加し、むしろ前よりもずっと鬼気迫る調子で演技に取り組んでいた。顔も見たくない、と言った蘭子が、自分から沙夜のいる演劇部に現れること。それが、劇の主役である蘭子の責任感からなのか、それとも沙夜と交わした最後の会話に何か引っかかっていたのか…。沙夜にはその理由は分からなかったが、もう蘭子と会えなくなる事も覚悟していた沙夜にとっては、毎日蘭子と一緒に部活ができるのは少なからずうれしくはあった。


「あ、しとねちゃん。このあと練習つきあってもらえないかな。さっき琢己先輩に言われた事復習しときたくて…」

 帰り支度をしているしとねに沙夜は言った。きいなに言われるまでもなく、沙夜も自分の演技がひどい状態である事は理解していたし、あせりも感じていた。原因は分かりきっていたが、蘭子があの状態では根本的な解決はできそうもない。せめて指摘されたように個人的な思いが表に出ないように、何度も何度も練習するしかなかった。

「沙夜ちゃんの方から僕を誘ってくれるなんてうれしいな。でも、すまないね。他の日だったら、いつだっていいんだけど、今日はちょっと忙しいから」

 とくにすまなそうでも、悔しそうでもなく、ニコニコとした表情で笑うしとね。

「そっか、しとねちゃん用事あるの?だったらしょうがないけど…」

「うん、僕の用事でもあるんだけど…何より今日用事で忙しいのは沙夜ちゃんの方なのさ、ふふ」

「へ?」

 しとねはおかしくてたまらない、と言う風に笑いをこらえている。沙夜は意味が分からず、間抜け面で聞き返す。

 そのとき、誰もいないと思っていた客席の方から急に拍手が聞こえた。


「先程の演技素晴らしかったですわー黒星さーん。もういっそわたしの家でメイドとして働いて頂けないかしらー」


 ライトの消えた真っ暗な客席から3人の少女が現れた。沙夜が驚いているうちに、その3人は舞台下手の端に取り付けられた階段からステージに上がり、沙夜を取り囲んだ。

 それはまるで、TVドラマや漫画でよく見る『不良にカツアゲされそうになっている優等生』という立ち位置だったが、実際に囲んでいるのは上品で可愛らしいお嬢様方で、囲まれているのは死んだ目をした貧乏人だった。


「黒星さんはー、本日はー、お暇かしらー?」

 メガネをかけた、ゆるふわウェーブの髪が大人っぽい印象の少女が、他の2人より1歩前に出る。メガネの奥の、三日月のように優しく弧を描いた細い目で沙夜に微笑みながら、おっとりとした口調で喋りかける。

「えっとぉ…はい…今日はもう寮に帰って寝るだけですけど…」

「ああー良かったわー。みなさーん、これで計画を進められますわねーうふふふー」

 ゆるふわウェーブのメガネ少女は両手を口に当てて、沙夜の方を見て笑っている。その様子は、何の事かわからずに戸惑っている沙夜の滑稽さを笑っている様でもある。自分の事をてんで無視して勝手に納得している彼女に、馬鹿にされているような気がして沙夜は少しイラッとした。

「えっ…、で…でも…。黒星さんは、パーティ用のド、ドレスをお持ち…でしょうか…?」

 ゆるふわメガネ少女の右隣にいた小柄な少女が、かすれた声を出した。真っ直ぐに切りそろえられた前髪が可愛らしい彼女は、暖かい室内にもかかわらず長いマフラーを首に巻いている。ゆるふわメガネが困ったような顔つきで彼女を見た。

「朝霧さーん?それはー、黒星さんに対するー、侮辱かしらー?」

「い、いえ…けして…そんなつもりは…あ、いえ、その…」

 マフラー少女は焦って訂正しようとするが、焦れば焦るほど言葉が出てこない。顔はどんどん赤くなり、汗もかいてきたようだ。見てられない沙夜がすかさずフォローに入る。

「ごめーん。うちはみんなみたいにお金持ちじゃないんだぁ。普通の女子高生はドレスなんか1個も持って無いっすよぉ。えへへー」

 沙夜はなんとなく思い出してきた。取り囲むお嬢様達は、3人とも沙夜のクラスメイトだ。名前は………。学園で蘭子としとね位しか交流がない沙夜は、他のクラスメイトたちの事を名前をはじめ、プロフィールも、どんな人間なのかも、一切合切全然知らない事に愕然とし、そんな自分を半ば軽蔑した。

「まあー、そうでしたのー?それはー、困りましたわー」

 全然困っていないような様子で中空を見上げ、ゆるふわメガネは考え事を始めた。急に思い出したかのように、マフラー少女に「ごめんなさいねー。気付いてくれてー、ありがとうねー」とフォローを入れ、すぐに考え事に戻る。沙夜は、彼女らの間に強い絆のようなものを感じ、なんだか寂しくなってしまった。


 ふと気付くと、3人のクラスメイトのうちの1人、真っ黒に日焼けした肌をした異国の少女が、沙夜の隣に立っていた。手のひらを自分の頭の上にのせて、そのままその手を沙夜の頭にスライドさせる。

「オンナジ位、ですネ?」

 どうやら彼女は沙夜と自分の背の高さを比べていたらしい。確かに彼女と沙夜はほとんど同じくらいの背丈だった。高い鼻に、凛々しい太めの眉、黒真珠のような吸い込まれそうな真っ黒の瞳が妖艶で美しい。目の前で無邪気に笑う彼女だけは、クラスにあまりなじめていない沙夜でも心当たりがあった。たしかどこかの国の第何王女が、気まぐれでこの学園に留学してきているとかいう噂を聞いた気がする…多分この人の事だ…。お嬢様を通り越して、正真正銘の王女様という、沙夜とは人間としてのレベルが数十段は違う、同じ空気を吸うのさえ恐れ多いような別世界の住人。何故か小動物のように小刻みに頭を動かして、沙夜の全身を観察しているその王女様から、沙夜は目をそらした。


「そういえばー、お2人はー、良く似たシルエットをしておいでだわー。もしかしてー、お2人はー、ドレスのサイズも同じなのかしらー?」

 考え事をしていたゆるふわメガネが、目を輝かせて沙夜と王女様を見比べている。「えっ…とぉ…」沙夜は、今までドレスなんて着た事が無かったので、いきなりサイズと言われても当然のようにわからない。

 急に、少し離れて様子をうかがっていたしとねが口を出してきた。

「同じだよ!沙夜ちゃんとタマラは、3サイズも肩幅も、靴のサイズも全部同じでいけるはずだよ!」

 いや、なんでおまえが知ってんだよ…。


 呆れている沙夜を置き去りに、お嬢様方は一様に安堵の表情をつくった。

「じゃあ黒星さーん、ドレスはー、タマラにー借りてくださいねー。本当によかったわー。これでやっとー、計画が実行できますわー。そうですわよねー、朝霧さーん?」

「え…っと、はい、たぶん…」

「ウン、よかっタ。これでNO PROBREMだネ、黒星サン。早速衣装合わせしまショウ?」

 そう言って王女様は沙夜の手をとって微笑む。

 住む世界が違うはずの王女様がこんな近くで自分だけに笑いかけている、その周りでは別のお嬢様方が自分を取り囲んでわけのわからないことを言っている。沙夜はいよいよ何が起きているのかわからなくて、頭の中がショートしてしまった。いつのまにか、衿花ときいながそっと劇場を出て行ったのも、そのときの混乱していた沙夜は気づかなかった。


「…っていうか!さっきからみんな、何の事言ってんの!計画とか、パーティーとか、ドレスとか!全っ然訳わかんないんですけどっ!」

 冷静さを失って叫ぶ沙夜に、ゆるふわメガネが当たり前のように笑顔で答えた。

「あらー、そんなの決まってますわー。計画というのはー、今日の黒星さんのー、バースデーパーティー……あー」

「あ…」

「OH NO…」

「はは……」

「ち、千秋ちゃん…そ、それ、今言っちゃ…だめなやつ…」

「えっ、わたしの…ば、バースデー…」

 ゆるふわメガネが笑顔の表情のまま固まる。マフラー少女はどうしたらいいかわからない様子で、おどおどとうろたえている。王女様は顔を手のひらで覆って頭を小さく振った。

「ご、ごめんなさぁーいー…」ゆるふわメガネは声にならない声で謝ったあと、今にも泣き出しそうな顔でうつむいた。さっきまでの余裕ある様子とは一転して小さく萎縮してしまった彼女。側にしとねがやってきて、彼女の頭をくしゃくしゃっと優しくなでた。

「大丈夫、ちょっとサプライズのタイミングが変わっただけだよ…」ゆるふわメガネにそうつぶやくと、急に大きな声で叫んだ。「予定変更!みんな準備して!」

 その声を合図に、真っ暗だった劇場の客席のライトが全て点灯した。ライトに照らされた客席には数十人の少女達が座っており、全員が一斉にステージの最前列まで集まってきた。沙夜が良く見ると、その誰もが見覚えのある顔、沙夜のクラスメイトだった。

「せーのっ」

「おたんじょー日!おめでとー」

 クラスメイトたちが手に持ったクラッカーを次々と炸裂させる。沙夜の視界は、勢い良く飛び出した無数の紙ふぶきのシャワーに覆われてしまった。しばらくして紙ふぶきがおちついて沙夜の視界が開けてくると、いつのまにか目の前に大きなくすだまを持ったしとねが立っていた。

 本当はどこかにぶら下げてあったのかもしれないそのくすだまをしとねに促されるまま沙夜が割ると、その中から垂れ幕が現れた。その垂れ幕には大きな文字で「黒星沙夜さんお誕生日おめでとう」と書かれていた。

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