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お嬢様 must go on!  作者: 紙月三角
第2幕 エチュード
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05. 今度は…離さないから…

「てか、ごめん、わたしが階段走ったりしたからだよね…。ほんとにごめん…蘭子が、怪我しなくて、良かった…」

 エスカレーターが5階について、正気に戻った沙夜は本当にすまなそうな顔で謝った。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。励ましてあげたいのに、蘭子にはこんな時なんといえばいいのか分からず、何も言えなかった。そんな蘭子の思いつめた顔が怒っているように見えたのか、沙夜はどんどん悲しくなってくる。

「わたし最低だ…。勝手に蘭子のこと引っ張って、結局、あんな危ない目にあわせて…ごめん」独り言のように、か細い声でつぶやく。「わたし、蘭子の手を離しちゃった…蘭子の時は、わたしの手を離したりなんてしなかったのに…」

「い、いや、これはお互いの手が滑っただけ、ただのアクシデントですわ!沙夜が気にする事なんてなくってよ。そもそもワタクシ、あの程度の段差から落ちたところでかすり傷ひとつ……え、ワタクシの、時って?」

 沙夜は真っ青になって俯いている。痛いくらいにしっかりと握り締めた両手がぷるぷると震える。

「わたしさ、この前言ったじゃん、わたしが転校してきた日の事。蘭子がわたしの手を引いて、演劇部に連れて行ってくれたこと……びっくりしたけど、すごいうれしかった、って。わたし、あの日、1人ぼっちでさ…、この学校きたの失敗したな、って思ってて、すごくさびしかったんだ…。だから蘭子が、演劇部に誘ってくれて、歓迎するわ、って言ってくれて…すごいうれしかった…。わたしがこの学校いてもいいんだあって…あのとき、世界がぱあって広がった、気がしたんだ…」沙夜は平静を装って明るい声を出していたが、ところどころかすれていて聞き取りづらかった。「だから、今日初めて蘭子と一緒に遊びに行く、ってなってさ……蘭子いろんなこと知らないじゃん?だから、わたしがされてうれしかったこと、蘭子にしてあげられるって思った…。今度はわたしが蘭子の手を引いて、いろんなとこ連れて行ってあげられるって…。蘭子の知らない事教えてあげて、蘭子の世界を広げてあげられるって…。でもそれってただの自己満足だね…」

 沙夜は深く頭を下げた。

「ホントにごめん!わたし、空回りして蘭子に迷惑……って」

 顔を上げた時、目の前にいたはずの蘭子はいつの間にかいなくなっていた。怒って帰ってしまったのか…、それも無理もない。そう思って沙夜がまた悲しくなってきたとき、少し離れた場所から聞きなれた声が聞こえた。


「わっからない店員ですわね!いいから、さっさとこの店にあるクリープを全部出しなさい!全種類、変り種のクリープ全部!」

「えっとー…、ですから、こういうのでいいんすよね?あの、うちクレープ屋なんで…」

「だからっ!さっきから何度も言っているでしょう!クリープ屋なのだから、こんな薄っぺらい焼餅ではなくて、クリープがあるのでしょう!特別な牛乳を使ったクリープが!」

「蘭子」

「ワタクシには今!すぐに!クリープが必要なのよ!大事な親友を笑顔にするために、彼女の大好きなクリープが必要なのよ!」

「らーんこ…って」

「これ以上しらばっくれるようなら、ワタクシ許しませんわよ!ワタクシの権限でこんなクリープ屋すぐにでも……あ、沙夜…」

 蘭子が振り返ると、すぐそばで沙夜が涙をぬぐいながら笑っていた。

「なによクリープ屋って…。もう、馬鹿だなぁ…」

「で、でもあなたさっき…ここのクリープが大好きって…」

 沙夜は人目を気にせず、蘭子に思いっきり抱きつく。

「クリープじゃない…クレープだよ。…なんでクリープ知ってて、クレープ知らないのよ、ばか……………ありがとね」蘭子の肩に顔をうずめて、つぶやいた。「今度は…離さないから…」

 沙夜の瞳から、また一筋の涙が流れた。




 落ち着いた2人は、さっきの店員に変な目で見られながらも、当初の予定通りにクレープにありつく事にした。沙夜はオーソドックスなイチゴクリームクレープを、蘭子ははちみつ抹茶バナナクレープを注文した。

「まったく、庶民の食べ物にしておくのはもったいないくらい良く出来ていますわね。あの聞き分けのない店員が作ったとは思えませんわ。まあ当然、ワタクシの家のパティシエには劣りますけれど。今度よろしければワタクシの家で…」

「またそうゆう事言う!もう、気まず過ぎてあの店員さんのいるときには、あのお店いけませんわよ。てかその抹茶のやつ、一口もらってもよろしくて?わたしのも食べていいから」

 顔が赤くなってしまっているのをふざけた口調でごまかしながら、沙夜は自分のクレープを差し出した。蘭子は自分が使っていた小さなスプーンではちみつ抹茶バナナをすくって沙夜の口元に運ぶ。2人は恥ずかしそうに笑ったあと、お互いに差し出されたクレープをペロッと食べた。そして目を合わせ、また笑いあった。

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