6ページ目…気持ちに、素直に
「…ただいま」
「お帰りなさい、浅井君、川原さん 」
「…どういう状況なの、勇樹?」
「…あぁ、今日は学校の泊まり行事だ。…忘れたのか?」
「…少し混乱してるかも」
「…」
葵と共に学校に帰ってくると、玄関前に幸さんが立って待っていた。どうやら寝ずに待っていてくれたらしい
「…浅井君、少しお話良いですか?」
「…え?」
幸さんは真剣な眼差し(まぁ、目は細くて見えないが)で俺に聞いてきた。とりあえず葵を寝床に向かわせてから屋上で話をすることにした…
「…で、なんですか話って」
屋上に来てドアを閉める。それまで無言を貫かれていたから俺から切り出す。すると俺に背を見せてきた幸さんがこちらを向いた。…目が見開かれていた
「…川原さん、記憶を取り戻したみたいですね。いったいどんな手段を用いたんですか?」
「…手段なんか無いですよ、追い付いたときにはもう思い出してましたから」
「きっかけは分からない、ですか」
「…はい」
「これからどうされるつもりですか?彼女のことですから、学校生活とかに苦労するとは思えませんが」
「とりあえず病院で診察を受けさせて、それ次第ですぐ復帰でもいいかと思います」
「…」
幸さんは一つ、控えめな溜め息をついた。まるで何かに気づいて欲しいと言ってるかのようだ
「…浅井君、君は思った以上に隙があるんですね」
「…隙?」
「私の口からは言いませんよ、その意味は。浅井君と…川原さんが気づかないといけないことなので」
「…そう、ですか」
どうやら二人が気づかないことを幸さんは気づいたらしい。…正直少し怖かった。この人は一体何を見ているのだろう
「話は以上です。…私も少し疲れました、今日は休みましょう」
「…」
夜空は満天の星空で夜風が静かに吹き抜ける中、俺は何が見えていないのか…自問を繰り返す…
「…そんな急に戻るのは驚きね…でも身体に異常がなくて良かったわぁ」
「ごめんね、お母さん。今まで心配かけて」
「良いのよ、それよりユウ君にも感謝忘れちゃダメよ?」
「勇樹、ありがと」
「…別に何もしてないけどな」
翌日、俺と葵は行事を抜け出し、葵の母さんに連れられて病院に診察に来ていた。急に記憶が戻ったことで一応身体のチェックを行う必要があったからだ。結果は心配することは何一つなく良好、明日からでも学校に復帰できるとの事だった
「…んやー、今まで何で私は記憶を無くしてたんだろう」
「頭を打ったからよ?あのときは本当に心配したんだからぁ」
「…ごめんねって、もう大丈夫たから」
「…ん?」
そんな会話を聞いてる中、電話がかかってきた。相手は…紫谷野…?とりあえず二人に断って少し離れて電話に出た
「…どうした?」
『その様子だと問題なしか。良かったね?』
「そうだな。まぁ元気みたいだし、すぐに学校に通うことになると思う」
『そんな簡単で良いの?少し休ませたりした方が…』
「気遣いは嬉しいけど、それは葵が決めることだからな」
『まぁ、真面目な川原さんらしいね。でもやっぱり一週間くらいは様子を見た方が良いと思うよ?記憶を失うってことは普通じゃないんだから、気持ちを整理する時間はきっと必要だよ』
「…葵に伝えておくよ」
…紫谷野にしてはいやに慎重だ。結構楽観的な考え方をする人だったと思うけど…
「…何かあったのか?シアらしくないな」
『…ん~、正直なところ浅井くんと喋りたかっただけかもね?暇だったし』
「…は?」
『いやー、いつも仕事だったからさ、こんだけ休日が暇だってこともないんだよねー』
「…何が言いたい?」
『これからご飯でもどう?』
…どうやら昼食のお誘いらしい。…葵がいるが…
『…もー、デートのお誘いだぞ?』
「はぁっ!?…デートだ?」
…紫谷野は一体何を考えているのか…ただ、暇なのは事実。葵との付き添いももう必要ないし…
「…わかったよ。一回家帰って用意してくるよ」
『ありがとー!じゃ、また後でー』
…そして俺は葵たちに別れを告げて向かうことにした…
「あ、きたきた」
「…遅くなった」
準備を済ませ指定されたファミレスに来ると、紫谷野が眼鏡をかけて席でハンバーグを食べていた。…溶け込んでるな、アイドルなのに
「注文は?同じでいい?」
「あぁ。というか…もう来てるじゃないか」
紫谷野は茶目っ気に笑う。…あえて聞くのか、そこ
「…普段ならこういうの食べるのか?」
「ん?…むぐ、そうだねー、暇なときは外食するよ?」
「いや、そうじゃなくてこんなファミレスで食事、ってことさ」
「…んむ、まぁ高校生だしねー」
紫谷野は箸を止めずに食べ進めていく。…さて
「…シア、何故俺なんだ?」
俺も食べながら本題を切り出す。…何かあるはず
「…おめでとう、なんだよね?川原さんの記憶が戻ったのは」
すると紫谷野は一転、箸を止めて俺を見据えた。…切り替わったな、頭が
「…その筈だ、忘れていい思い出は葵にはないはずだからな」
「それはそうだよね。それが自分の意思なら」
「…自分の意思?何を言って…」
「私は、紫谷野沙亜弥であり、矢野サヤでもある。でも紫谷野沙亜弥としての考えと矢野サヤの考え、全く一緒じゃないんだよ、不思議とね。外からみたら同一人物なのに、変だよね」
「…何を言いたいのかいまいち分からないんだが」
少し苦笑混じりに話す紫谷野。だが俺には何を言いたいのかわからず困惑していた
「一人二役をしてるつもりはないよ、けど、私はサヤと考える先は同じだった。…皆そうなのかな?…違うよね」
「…だからなんなんだよ」
「私は白紙に戻ったとみて、勝負をかけることにしたんだ。…今しかチャンスは無いし、幸や相模さんはまだ動いてないみたいだし」
そう言い紫谷野は席を立ち、俺のとなりに屈むようにして並ぶ。心なしか、その顔は少し赤くなっている気がした。そして…
「…勝負?もう全く意味が…」
「私、紫谷野沙亜弥は浅井くんが…」
「…俺が?」
俺の顔に手を添え、紫谷野の顔が近づいて来て
「好き」
唇を、重ねた