5ページ目…二人目のキオク
…葵が、俺を突飛ばし去っていった。あまりにも錯乱状態になってしまったのだろう。…彼女のこの"病気"はここまで深刻になっていたのか…
「…っ」
唇を噛み、拳をきつく握った。…そんな所に一人の少女がやってきた。…幸さんだった
「…ふぅん、彼女、そんなことが…」
「…知らなかったか」
「おおよその話は聞いていました。ですけど学校では発症しないと聞いていましたが」
「…いや、出ないことはないよ。だけど…ここまで取り乱したのは初めてだ」
幸さんは少し寂しげな顔を見せた。それが同情なのかはわからないが…
「とにかく、追いかけてはどうですか?そんな状態なら放置は危険でしょう?」
…確かにその通りだった。俺は立ち上がるとズボンのホコリを払って一度頭をリセットして、教室を飛び出した。…行ける場所は限られている。…俺の今までの葵との時間を信じれば…
「…さて、事の成り行きはどうなりますかね…」
「はぁっ…はぁっ…」
走る、走る、とにかく走る。葵はとにかく走る。…頭の中はぐちゃぐちゃしててなにも考えられない、でも、これだけは分かる。…私は何てことをしてしまったんだと
「…っあっ!?…っ…」
運動は得意ではなく、息が上がった葵は足がもつれて転んだ。…もう、体力はない。そして、込み上げてくる、涙が抑えられない
「…嫌、嫌っ…一人は、嫌…っ!」
ぼやけた記憶だが、思い出した。…その日は、たまたま夜遅くに帰る用事があって帰宅途中だった。そんなとき、咲子の母親から電話がかかってきた
―「…もしもし、おばさん?どうしたんですか?」
『…葵ちゃん、ごめんね、ごめんね…』
「…え?ど、どういう…?」
『…咲子、もう、目を覚まさないの』
「……え……?」
『…頑張ったのよ、咲子は…。でも…負けちゃったの』
「そ、そんな…そんなことが…」
『咲子、最期に葵ちゃんに「約束、守れなくてごめんね」って伝えて欲しいって言ってたわ』
「…そう、ですか…」
『…後、「今まで、私の一番の友達でいてくれてありがとう」って』
「…!」―
…あのとき、私は親友を失っていた。とても大切な、唯一無二の、親友を。…その親友は、自分がもう死ぬことを予感していた。それで…
―「…あれ…?」
咲子が亡くなって3日、登校してきて荷物を机にいれようとすると、机の中から見慣れない封筒が出てきた。…差出人は、咲子だった
「…?こんな手紙、いつもらったっけ」
私は記憶をたどるがその様なものをもらった記憶はない。…昼休み、屋上でお弁当を食べて先ほど見つけた封筒を開け、中身を確認すると…そこには震えた字で、でも確かに咲子の字で、自分の病がもうすぐ自分を死に至らしめること、今までの感謝がただ一言書かれていた
「…だったら、わたしに直接言ってくれたら良かったのにな…」
多分、面と向き合うと言葉にならないのだろう、咲子は本当に泣き虫で、弱くて…でも、自分の病気に負けない強さがあったから。弱音を絶対にわたしの前では吐かなかったら、今回もさりげなく、気づかなくても良いような伝え方をしたのだろう
だが、ここで急な突風が吹く、そしてわたしの持つ手紙を拐う。…彼女の、最後の言葉が書かれた、大事な手紙が
「!!…っ!」
わたしはその時、とても軽率な動きをしたと思う。その手紙を追った。そして手を伸ばした。…ただ、場所が悪かった。そこはもうフェンスの近くで、私はそのフェンスの先に落ちようとしていた手紙に手を伸ばして…
「…あっ…!?」―
…そう、落ちた。奇跡的に生きてはいるが、あのときは死んだと思った。…咲子が、まだ来るなとわたしを追い返したのかもしれない
「…はぁ、はぁ…。…そう、わたしは…」
…わたしはたった今、記憶を取り戻した。…何か沢山の物を、失って
「…独りは、嫌…か」
…今どうしてわたしがここにいるかわからない。何をしていたのかわからない。…なんで涙がでるのか、分からない。…分かることは、一つ
「…勇樹、迎えに来てくれるかな…?」
…わたしのナイトが、わたしを助けてくれるはず
「…っつ!…久々にこんなに走って…足が…っつ!」
真っ暗な町内をとにかく走る。葵が行きそうな場所を当たる。…足は悲鳴をあげている。もう少し運動すべきだったと後悔してるなか、俺はとうとう葵を見つけた。町外れの河川敷にあるブロックに腰を下ろしていた
「…いた…」
俺は足を引きずりながら葵の元に歩いていく。すると葵は足音に気づいたのか、振り返った。暗くてよく見えなかったが、そんなに元気がないようには見えなかった
「…探したぞ、葵」
「…わたしも、探したよ。勇樹」
「…え?」
違和感を感じた。…今、呼び捨てで…
「…何を、探したんだ…?」
「…"わたし自身"かな。…ねぇ勇樹、わたしは…」
「…!!」
…確信に変わった。…葵は、記憶が戻ったのだ。呼び方も昔のままで、何より話すときのあの目を合わせない姿…俺が知ってる懐かしい、葵だった
「…わたしは、逃げてたんだね、咲子が死んだって事から」
「…いや、違うだろ。事故だよ、あれは」
「…そっか、勇樹がそういうならそうなんだろうね」
「…さぁ、帰るぞ葵、皆が待ってる」
「…そっか、"皆"か。…分かった、ついていくよ」
「…?」
葵は俺の手を素直に握って、俺についてきた。…ただ、何か引っ掛かるものがあった。ただ、ここでそれには気づかない勇樹はただ葵の手を握りながら学校へ歩を進めていた…