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爆音に耳を塞がれ、コータは一瞬全ての感覚を失い、自分がどこにいて何をしているのかわからなくなった。
突風が収まり、コータは誰かに促されるまま立ち上がる。耳の奥ではまだ唸るような音が聞こえていた。
そして突然、眼前に陰惨な光景が広がっているのを見た。そこで初めて、今何があったのか理解することができた。どうやら切子が手榴弾を投げ、女達を吹き飛ばしたのだ。
床一面に、すでに原形を留めない者達が、呻き声を上げながら引き千切られた襤褸のように無様に散らばっていた。床中央部はほとんど細切れになった肉片によって赤く染まり、その周囲には、ばらばらの腕や脚や首が転がっている。無効になっていたシールドの穴から、コータの足元にまで血飛沫や肉の欠片が飛んできている。
あまりにも凄まじい地獄絵図のごときその有様に吐き気が込み上がってくるのを、コータは手で口を押さえて必死で耐えた。
その酸鼻を極める光景をものともせず、飛散した肉を躊躇うことなく踏み躙り、前へと歩を進める女がいた。切子だ。
彼女は少し進んで振り返り、
「結構効果的だった」と笑い、手招きをした。
それは地獄への誘いのようで、コータの胃の腑は縮み上がる。
「行くぞ」
リュウも、床にこびりつく血肉にたじろぐ様子はまったく見せず、歩き出す。だが、急かされても、強張ってしまったコータの足は動かなかった。
それに気付いたリュウが戻って来て、コータの腕を引いた。導かれるがまま進む。女達の屍が重なり合っている辺りに到ると、靴の底に絡みつく、ぬるりぐちゃりとした気色の悪い感触を感じ、コータは叫び出しそうになった。それでも、自尊心がみっともなく取り乱すことを拒み、どうにか声が漏れそうになるのを堪えた。
切子は死体の山の中で、コータ達が追い付くのを待っていた。
爆弾の威力は全てを破壊するほどではなかったらしく、吹き飛ばされただけで無事だった者も多く残っていた。しかし、仲間達の死骸の数に気力を挫かれてしまったのか、生き残った化け猫達は呆然とし、その場から動けないようだった。
「手榴弾使うなんて卑怯よ!」
背後から声が聞こえて、コータは振り返った。ナツが仁王立ちになって睨んでいた。
「何が?」
切子が呆れ声で問い返す。
「子猫ちゃん達の映像デビューだったんだから、もう少しサービスしてくれてもいいじゃない。こんなにすぐ決着がついちゃったら、売れなくなっちゃうわ」
「何で私があんたらのプロモーションの手伝いをしなきゃならない?」
「いいじゃない。私達、結構長い付き合いなんだから」
「だから、こっちはあんたらとは係わり合いになりたくないの!」
切子は心底不快そうな表情をしていたが、ナツの方はどこか楽しんでいるようでもあった。
「やっぱりあなたって面白いわ。そういう意地悪なところとか」
「誰が意地悪だ!?」
そう声を荒げた後に、相手のペースに乗せられていることに気付いたのか、切子は眉を顰めてくるりと背中を向けた。
「もう行く」
一言言い置いて歩き出した切子の後を追い、コータもリュウに手を引かれて進む。
「パパはまだあきらめないわよ!」
背後から声が届く。
「わかってる」
切子は片手をひらひらと振った。
行く手には、後方部隊だったがために爆破を免れた猫女達が、一つにかたまって立ち塞がっていた。女達は月鎌を握り、姿勢を低く構えたまま、じっとこちらを凝視している。だが、腰が引けているのか、その体勢を維持したままで、襲って来ようとはしない。
「道を開けろ」
剃刀のような切子の声がフロアに響く。
すると、特に強い口調で命じたわけでもないのに、彼女の前方に海が割れるように道が作られていった。どうやら猫女達は、恐怖で使いものにならなくなっているようだ。デビュー戦にしては、相手が格上過ぎたのだ。
切子は、次々と化け猫達が横に避けて出来ていく道を、女王のように悠然と進んで行く。
コータも後に続いた。女達に囲まれて生きた心地はしなかったが、リュウに引かれるがまま、前進するしかなかった。
恐怖に耐えながらしばらく歩き続けて、ようやくその道が消えた。女達の列が終わり、いつもの何も無い幅広の通路が開けた。
ずっと化け猫達で埋まっているのではないかと思っていただけに、コータは思わず安堵の溜息を漏らした。背後ではまだあれが、恐ろしい形相をして睨んでいるのかと思うと気が気ではなかったが、前方にいたリュウが手を離し、後ろを歩き出したので、少しだけ気持ちに余裕ができた。
そこでコータは、通路脇のブースに目をやった。中の青年達は、シールドの外で起きていることなど気づいてもいない様子で、いつものようにお洒落なポーズを決めていた。
その違いは衝撃的だった。こっちと向こうには今、あまりにも大きな深い河のような断絶が横たわっている。数時間前まで、コータはあそこの住人だったのに。
だがもう、あの中に戻ることはできないのだろう。今、自分の手の中には武器があり、既に、生温い繭の中に棲む、手足の無い愚鈍な虫ではなくなってしまったのだ。コータは、奈落の底を覗き込んでいるような不安に襲われたが、それでも、今は前に進むしかなかった。
三人は階段の踊り場に辿り着き、下の階へと向かう。食堂とシャワーのあるフロアを過ぎ、切子はもっと下へと進んで行く。
コータは躊躇し、思わず立ち止まった。その先は足を踏み入れてはいけない禁忌の領域だったところだ。ごくりと唾を飲み込む。
「どうした? 行けよ」
後ろでリュウが言った。何の差し障りも感じていない、淡々としたその声に押されるようにして、コータは前へ足を踏み出した。