表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

挿話 一

   【一日目】


 彼が目覚めた――。

 本当は、このプランにはあまり気が乗らなかった。だが、《オリジナル》の希望を叶えないわけにはいかない。それが、自分が存在する意味なのだから。

 仄暗いフロア、黒ずんだ臙脂色の絨毯の上に、彼は寝転がされていた。ひしめくアーケードゲーム機の中の一つ、その足元に寄り添うようにして。

 まだはっきりと覚醒してはおらず、疑うことを知らないガラス玉のような瞳は、虚ろな色を残していた。それでも、異変を感じ取っているのだろう、しきりに頭を動かして、周囲の様子を探っている。

 右肘で支え、上半身を起こす。だが、頭痛が走ったようで、左手の人差し指でこめかみを押さえた。

「やっと起きたか」

 彼はびくりと体を震わす。

 声をかけたのは、私がファーストと呼んでいる男だ。背が高く、肩幅が広い。どんな奇抜なデザインの服でも着こなせる印象的な容姿をした、このグループのリーダーだ。

 彼は、突然現れた男の整った顔立ちを、不審げに見上げて問う。

「誰だ?」

 ファーストは微笑み、名前を名乗る。精悍な外見にそぐわない、間延びした声だ。

 それを合図にするかのように、ゲーム機の間から若い男達が順々に顔を出した。このグループは、これから彼も含めて十人の集団になるが、その内の半分がこの場に集まっている。残り半分は、新入りになど興味を示さない連中だ。

 各々彼に近付き、事務的な態度で名を述べては、ファーストの横に付く。五人の青年達が彼を取り囲み、見下ろすような並びになった。思わぬ事態に驚いたのか、彼の大きな目が見開かれている。皮膚の下に、恐怖がちらついているのが感じられた。

「あんた達は何者だ?」乾いた声で彼が聞く。

 ファーストが片頬を上げる。

「お前まだ、半分寝ているな。もう一度目を閉じた方がよさそうだ。次に目覚めた時には、そんな質問しようとは思わないだろうよ」

 彼は眉間に皺を寄せる。ファーストの言葉の意味を探ろうとしているのか。だが、その努力は無駄に終わる。今の彼に、その答えは得られない。

 彼は、まともに働かない愚鈍な脳味噌に苛立っているのか、額の中央に人差し指を当て、顰め面をする。

「頭もだが、体もまだ重いんだろ。こうして俺達がわざわざ顔を見せに出向いているのに、立ち上がろうともしないんだから」

 その口調には、挑発の響きが含まれていた。彼は、きれいな紡錘形の眼をきつく尖らせ、目前の男を睨み付けた。意に介さず、ファーストは薄笑いを浮かべる。

「もう就寝の時間だ、俺達もこれ以上起きてはいられない。お前は、今夜はそこで寝ろ。明日目が覚めたら、まともに動けるようになっているだろう」

「ここはどこだ?」

 相手が言い終わるのを待たず、彼は問う。ファーストが冷ややかな視線を注いだ。

「それも明日聞け。お前がその疑問を思い出せばだけどな。今は大人しく目を閉じろ」

 その宣告に呼応するかのように、薄明かりが次第に闇へと変化していく。そして、彼のいるフロアは、いつの間にか微かに誘導灯が点るだけの暗黒に包まれた。

 意識の抵抗も空しく、彼は眠気に囚われていった。瞼がそろそろと眼球を覆うと、上半身を支えていた腕の力が抜け、がくりと体が床に落ちる。落下の衝撃にも彼は目覚めず、腕を額の下にしたうつ伏せの体勢で、深い眠りに入り込んでいった。

 少し離れた場所で、さっきまで彼を取り囲んでいた青年らもまた、眠りに落ちていた。床の上で手足を投げ出して熟睡する姿は、糸の切れた操り人形を思い起こさせた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ