挿話 一
【一日目】
彼が目覚めた――。
本当は、このプランにはあまり気が乗らなかった。だが、《オリジナル》の希望を叶えないわけにはいかない。それが、自分が存在する意味なのだから。
仄暗いフロア、黒ずんだ臙脂色の絨毯の上に、彼は寝転がされていた。ひしめくアーケードゲーム機の中の一つ、その足元に寄り添うようにして。
まだはっきりと覚醒してはおらず、疑うことを知らないガラス玉のような瞳は、虚ろな色を残していた。それでも、異変を感じ取っているのだろう、しきりに頭を動かして、周囲の様子を探っている。
右肘で支え、上半身を起こす。だが、頭痛が走ったようで、左手の人差し指でこめかみを押さえた。
「やっと起きたか」
彼はびくりと体を震わす。
声をかけたのは、私がファーストと呼んでいる男だ。背が高く、肩幅が広い。どんな奇抜なデザインの服でも着こなせる印象的な容姿をした、このグループのリーダーだ。
彼は、突然現れた男の整った顔立ちを、不審げに見上げて問う。
「誰だ?」
ファーストは微笑み、名前を名乗る。精悍な外見にそぐわない、間延びした声だ。
それを合図にするかのように、ゲーム機の間から若い男達が順々に顔を出した。このグループは、これから彼も含めて十人の集団になるが、その内の半分がこの場に集まっている。残り半分は、新入りになど興味を示さない連中だ。
各々彼に近付き、事務的な態度で名を述べては、ファーストの横に付く。五人の青年達が彼を取り囲み、見下ろすような並びになった。思わぬ事態に驚いたのか、彼の大きな目が見開かれている。皮膚の下に、恐怖がちらついているのが感じられた。
「あんた達は何者だ?」乾いた声で彼が聞く。
ファーストが片頬を上げる。
「お前まだ、半分寝ているな。もう一度目を閉じた方がよさそうだ。次に目覚めた時には、そんな質問しようとは思わないだろうよ」
彼は眉間に皺を寄せる。ファーストの言葉の意味を探ろうとしているのか。だが、その努力は無駄に終わる。今の彼に、その答えは得られない。
彼は、まともに働かない愚鈍な脳味噌に苛立っているのか、額の中央に人差し指を当て、顰め面をする。
「頭もだが、体もまだ重いんだろ。こうして俺達がわざわざ顔を見せに出向いているのに、立ち上がろうともしないんだから」
その口調には、挑発の響きが含まれていた。彼は、きれいな紡錘形の眼をきつく尖らせ、目前の男を睨み付けた。意に介さず、ファーストは薄笑いを浮かべる。
「もう就寝の時間だ、俺達もこれ以上起きてはいられない。お前は、今夜はそこで寝ろ。明日目が覚めたら、まともに動けるようになっているだろう」
「ここはどこだ?」
相手が言い終わるのを待たず、彼は問う。ファーストが冷ややかな視線を注いだ。
「それも明日聞け。お前がその疑問を思い出せばだけどな。今は大人しく目を閉じろ」
その宣告に呼応するかのように、薄明かりが次第に闇へと変化していく。そして、彼のいるフロアは、いつの間にか微かに誘導灯が点るだけの暗黒に包まれた。
意識の抵抗も空しく、彼は眠気に囚われていった。瞼がそろそろと眼球を覆うと、上半身を支えていた腕の力が抜け、がくりと体が床に落ちる。落下の衝撃にも彼は目覚めず、腕を額の下にしたうつ伏せの体勢で、深い眠りに入り込んでいった。
少し離れた場所で、さっきまで彼を取り囲んでいた青年らもまた、眠りに落ちていた。床の上で手足を投げ出して熟睡する姿は、糸の切れた操り人形を思い起こさせた。