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「感謝はしない」
動かなくなったガイドを見つめ、リュウが言った。
「構わない。あんたのためにやったわけじゃない」
静かな切子の声。
「だが、今あんたがいるのは境界の街だ。世界との間の防波堤になっているここは、唯一この国のシステムから疎外されている場所だ。もちろん、だからこそここは最低の場所でもある。見るに耐えない残酷な実験や事業は、みんなここで行われている。あんた達の住処がここにあったみたいにね。だから、慣れ親しんだシステムの中で安心していたいなら、そうすればいい、この世には、死ぬより酷いことが、確かにある。だから、好きにすればいい、あんたも、ナツも、それから、そこで震えているオリジナルも」
その言葉で、コータは自分が、がたがたと震えていることに初めて気付いた。思わず両手で自分の肩を抱く。
コータは今、自分は丸裸だと感じた。何一つ持たされず、荒野に放り出されてしまったのだと――。
呆然と立ち尽くしたままの三人に背を向け、切子は出口へと向かう。
その決して振り向かない後姿を見つめ、彼女の行く先に、これまでの世界の果てがあるのだと、コータは気付いた。
光の失われた瞳を天井に向け、静かに床に転がっているガイドに視線を移す。自分と全く同じ人間であるはずの男の死に顔には、どこか安堵したような表情が張り付いていた。
オリジナルと寸分違わぬ存在としてこの世に誕生しながら、あまりにも違う自分の立場を、この男がどう思っていたのか、一度も聞かなかったことが悔やまれた。ずっと共に生きてきたのに、コータはこの男の気持ちなど、ちっとも考えたりしなかった。彼は自分の影で、血を流す存在だと思っていなかったのだ。
再び、遠ざかって行く切子を目で追った。その細い背中は、たった一人で、世界に否を突きつけているようだった。
コータは理解した。彼女はもう、自分を救ってはくれないのだ。自分の運命を決めるのは、自分以外、誰もいなくなってしまった――。
その時、ナツが動いた。一言も残さず、一瞥もせずに、前へと進む。
どうやら彼女は、自分の運命を選ぶことができたようだ。切子の後に続くその姿を目で追いながら、コータの足は未だ動くことができなかった。
すぐ側にリュウの気配を感じる。
この男も迷っているのだと思った。立場は正反対とも言えるが、敷かれているレールの上を、疑問も持たず、ただ歩いて来たのは同じことだった。コータもリュウも、これまで一度だって自分で選ぶことなどしなかったのだ。
だが、コータにはわかっていた。ここに来る前の自分と、今の自分は、違い過ぎてしまったと。二度と、元に戻ることなどできないのだと――。