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 切子は体を返し、犬丸の背後に回った。その首に刃を当て、笑っている。

 コータは数歩前に出た。安全圏から引き摺り出され、犬丸は怯え、震えている。持っていた小型カメラは床に落ち、もう撮影どころではないようだった。

「嫌いな奴を震え上がらせることくらい、楽しいことはないね」

 切子が嗜虐的に揶揄する。

「なんだと!」

「パパを離せ!」

 ハルとアキが喚く。

「だったらここから去れ」

 冷徹な声。

「猫娘達の宣伝なら、もう充分だろ。あんたらがいなくなったら、頃合いを見計らってこいつを解放してやるよ。こっちはただ、ここから出たいだけなんだから。お前達の相手なんか真面目にやっていられるか」

「卑怯者!」

 悔しさを滲ませて、アキが叫ぶ。

 切子は鼻先で笑った。

「あんたらが言うことか。姉妹同士でさえ、裏切りが日常茶飯事なのに」

「お前が本当にパパを解放するか、その保証はないわ」

 少し冷静になったらしく、ハルが言う。

「それは私を信用してもらうしかないね。できないだろうけど。でも、あんたらは私の言うことを聞くしかないんだ。こいつの命は私の手中にあるんだから」

 切子は、犬丸の喉笛の上で刃を立てた。

「わぁっ、よせ、頼むっ。お前の言う通りにするから! だから助けてくれっ」

 犬丸がわななく。

「自分の命がかかっているとなると、さすがにものわかりがいいね」

 皮肉がこもる口振り。

 どうやらこれで勝負がついたようだ。コータがそう思った時――突然自分の腕が引っ張られ、体が斜めに傾ぐのを感じた。

「コータ!」

 狼狽したリュウの声。

 倒れ込んだ自分の体が、何者かに抱き止められたことに気づく――

「動かないで!」

 耳の側で切羽詰まった怒鳴り声が聞こえた。それはナツの声だった。

 その時になってコータは、自分の頭部がナツの片腕に抱えられ、首筋に斧を突きつけられていることに気が付いた。

「この子を殺されたくなかったらじっとして!」

 飛び掛かろうとするリュウを牽制して、ナツが怒鳴った。

 リュウの足が止まる。

「ちくしょう、離せっ」

 コータは何とか逃れようと暴れてみたが、自分より頭一つ背の高いナツの腕は、女性らしい見た目からは想像できないほど強靭で、拘束はびくともしなかった。

「静かに。あんまり暴れると気絶させるわよ」

 そう脅されて喉をきつく絞め上げられてしまい、コータは本当に気を失いそうになった。

「よせっ!」

 霞む目に、リュウの焦った顔が映る。こんな時にとは思うが、コータはいつも冷たい態度だった男に心配されるのが、少し嬉しいような気がした。

「だったらそれ以上近付かないで」

 ナツは腕の力を緩めた。それでどうにか、コータは意識を保つことができた。

「切子、パパから手を離して!」

 ナツが切子の方を向いて声を張り上げた。

 唖然としてこっちを見ているハルとナツの先に、苦笑いを浮かべている切子がいた。

「やっぱり、そうくるか」

 今の状況を予期していたかのようなその言種が、コータは腹立たしかった。だったら最初から対処していてくれよと言いたい。

「やった、ナツ!」

「そいつを離すなよ!」

 ハルとアキが興奮して騒ぐ。

「あんた達って、本当どうしようもない」

 切子は呆れ返っている。

「で、どうすんの? それで、私が素直に、あんた達のパパを離してやるとでも? 私がそいつを助けるより、犬丸を殺すことを選んだらどうするのよ?」

 コータは背筋が凍った。確かに、切子には自分を助ける理由なんてないのだ。異常なほど強い女の、ただの酔狂――それが、この救出劇の真実だろう。ついさっき出会ったばかりの自分の命に、彼女が拘る必要などなかった。

 だから人質にするなら、有効かどうかよく見極めてくれないと、と、コータはナツに切実に文句を言いたくなった。

「私の言い分はこうよ。パパを離して、私と決着を付けて。一対一で。この子は、そのゲームへの招待状のようなもの」

 切子が目を細める。

「本気?」

「本気よ。そろそろ、このどっちつかずの苛立たしい状態にケリをつけたいの」

 ナツは単調な声で言った。



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