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挿話 五


   【三十日目】


 彼は、赤や青で塗装された直方体の機械の前に立ち、前面上部に組み込まれているディスプレイに映し出されるコンピューターゲームに興じていた。四角い画面の中に次々湧いて出るモンスターを撃ち殺していく、攻撃的な遊び。ひたすら同じリズムで操作ボタンを叩き続けるだけの単調なゲームだが、段々その平板さが癖になってくるようで、彼は最近よく、この筐体の前に陣取っている。

 日数を重ねるうち、ゲームの腕前も上がっていったようで、今では最初の頃のように、癇癪を起こして醜態を晒すこともない。

 ゲームに熱中する彼の背後に、ブースの奥から歩いて来たフォースが近付いて、声を掛けた。

「そろそろ昼飯だぞ」

「ちょっと待ってて」

 呼ばれた彼は肩をぴくりと震わせただけで、ディスプレイから視線を外そうとはしなかった。

「待てない。お前それ、何時間でもやり続けるだろ。先行くぞ。適当に止めとかないと、昼飯食いっぱぐれるからな。それの何がそんなに面白いのかね」

 どうやらそのゲームはあまりお好みではないらしく、フォースはそう言い捨てて出口の方へ足を向けた。

「わかったよ」

 彼は渋々といった様子で操作パネルのボタンから手を離し、くるりと振り向いた。ディスプレイの中では、モンスター達が未だ増殖し続けている。

「一緒に行く。後少しで次のステージだったのに」

「お前、本当にそれ好きだよな」

 ぼやく彼を、フォースはあきれたような目で見た。多分、元々ゲームに熱中するタイプではないので、彼の気持ちがわからないのだろう。

 二人は、小型の筐体が密集している区域の細い通路を、肩を並べて歩き出した。

 どうやら彼は、フォースのことをお気に召しているようだった。声を掛けられ、好きなゲームを途中で放り出したのがその証拠だ。例えば、これがファーストだったりすると、彼は絶対に素直に従ったりしない。おそらく、細かいことを気にしないおおらかなフォースの性格が、彼には好ましいのだ。

 今の彼は、大方ここの流儀に馴染み、なかなか上手くやっているように見える。私が想像していたよりも、環境に対する順応力が備わっていたのかもしれない。

 彼は、フォースと適当な世間話を交わしながら、楽しげに歩いていた。その和やかな光景に、私は満足感を覚えた。

 だが、彼らの前方に、別の男の後ろ姿が目に入った途端、私のその気持ちは萎んでいった。

 フォースがその男に気付いたらしく、会話を中断して名を呼んだ。

 男が振り返る。セカンドだ。途端に彼の表情が曇る。

 セカンドは立ち止まり、駆け寄って来るフォースを待った。

「昼飯だろう? 一緒に行こうぜ」

「ああ」

 追い付いたフォースの気軽な誘いに、セカンドは優美な笑顔を浮かべて応える。

 その様子を、彼は少し離れたところで見ていた。

 セカンドとフォースが肩を並べる後ろに彼が付いて行く形になって、再び歩き出す。フォースは、彼と話していた時と少しも変わらない明るい声で、セカンドと言葉を交わしている。彼は、その会話に加わろうとはしなかった。

 それで私は、また確信を得る。彼とセカンドの間には、不協和音が生じている。それは、誰も彼にも悟られてしまうような表立った反目ではなかったが、彼を見続けている私にはわかる。彼の顔に、はっきりとその印が表れている。

 だが、なぜそうなってしまったのかはわからない。何か事件が起きて、彼とセカンドが対立したとか、そういった明確な理由になりそうな出来事は一切なかったはずだ。けれど、彼がセカンドと二人だけでいるのを見たことは一度もない。多分彼らは、互いに避け合っているのだ。仲間がいないところで、顔を突き合わしたりすることがないように。

 三人はしばらく、同じ形を保って歩いていた。私は、彼の表情が次第に険しいものに変わっていく様子を、案じながら見つめる。だが、何をすることもできなかった。

 そして遂に、私の懸念通りのことが起こってしまった。

 彼が急に足を止め、先を行く二人に向かって大声で怒鳴った。

「お前、俺のことが気に食わないんだろう!?」

「何?」

 フォースが驚いて立ち止まる。振り返り、彼を凝視する。

「お前じゃない、そっち」

 彼は、フォースの斜め後ろで、他人事のような顔をしているセカンドを指差した。

 こんなところで突然そんな話を始めるなどということは、気の利いた行為とは言い難い。だが、彼は本心を押し込めておけるような性質ではなく、感情が高ぶると上手く立ち回ることができなくなる。

 眉を寄せ、口をへの字に曲げた、不機嫌な顔つきの彼とは対照的に、示された男の方は、頬にうっすらと穏やかな笑みさえ浮かべていた。セカンドの作りものめいたその端整な表情は、私には本心を隠している証左のように見えた。

「僕が君を嫌ってるって?」

 セカンドは落ち着いた表情を崩さず、意外なことを初めて聞いたとでも言いたげに問い返した。

「そうだ」彼は断定する。

「何でそう思う?」

「あんたは絶対に俺と目を合わせようとしない」

「それだけ?」

 彼は思案するような顔をし、しばらくして小さく頷いた。セカンドがわからないほど微かに唇を歪める。

「そう? そんなつもりはなかったんだけど。でも、君の気に触ったのなら謝るよ。ただ、僕はあんまり活発な性格じゃないから、他のみんなにも同じように、あまり自分から顔を合わせたり話しかけたりはできないんだ。だからもしかしたら、今後も君を不快にさせてしまうかもしれないけど」

 彼の愚図る子供のような態度とは違い、セカンドはあくまでも冷静だった。

「そうだよ。お前考え過ぎだぞ」

 フォースが口を挟んだ。その顔から、明らかに彼の訴えを言い掛かりだと感じているのが見て取れた。

「考え過ぎだって?」

「確かに、こいつはあんまり自分から口をきくような奴じゃないけど、別にそれでみんなと気まずいなんてことはないぞ。絶対お前が気にし過ぎなんだよ。こいつは別に、俺にだってわざわざ目を合わすなんてしない」

 飽く迄、フォースはセカンドの肩を持つ。彼の顔に失望の色が浮かぶ。フォースにとって、長く共に過ごしているセカンドの方が、彼よりも信頼できる存在だということは明白だった。

 沈んでいた彼の顔が、次第に怒りの表情に変わっていく。

「考え過ぎなんかじゃないっ。こいつは絶対俺のことが嫌いなんだ!」

 彼は癇癪を起こす。ここしばらくは安定していたのに、久し振りに取り乱している。

「なんだよ、わけのわからない奴だなあ。お前のそんなガキみたいな言い分に付き合ってやる時間は無いんだからな。行くぞ。俺は腹が減ってんだ」

 フォースが煩わしそうに言い捨てる。

「勝手に行け。俺はおまえ達とは行かない」

「ああそうかい。じゃ、そうしろ」

 フォースは迷うことなく背中を向けた。

「行こうぜ」

 美しい彫像のような立ち姿の男に声をかけ、彼を顧みることなく歩き出す。

「ああ」

 セカンドも、彼のことなど眼中に無いといった素振りで気安く頷き、二人はその場から早々に立ち去って行った。

 自分が意地を張った結果とはいえ、すっかりセカンドだけでなくフォースとも気まずいことになり、一人取り残された彼は、親とはぐれた子供のように心細げな顔をして、その場に立ち尽くしていた。



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