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プロローグ

「金が無い」


 霧登凱椰きりのぼるがいやは築30年のボロアパートに住む就職活動生だ。日本でも有名な大学を卒業後するも、定職に就かず、2年のニート生活を過ごしていた。ところが、大学時代に海外のカジノで稼いだ貯金も底を尽き、2年の空白期間を作ったあげくに、漸く就職活動に本腰を入れていた。


 凱椰はまず、就職に必要なスーツを買いに近所の服屋に足を運んでいた。


「いらっしゃい」


 出迎えたのは小汚い店員のおじいさんだ。見た目は70歳を軽く超えており、店の店長だろうと凱椰は考えていた。


「すんません……」


 凱椰は財布の中を見ながら店長に話しかけた。財布には全財産の5721円がある。履歴書も買う必要があるため、5000円以内で買えるスーツを求めて画策中。


「どういたしましたかな。お若いの?」


 店長の目はシワだらけで目が隠れている。


「5000円で買えるスーツってありますか?」


「スーツね」


 禿げたてっぺんの頭をかきながら、店長は深く唸り始めた。


「無いの?」


「無いですな。すまん」


 店長の一言で諦めようとしたその時、店に入るときには見えなかったが、入口付近の壁に、お目当ての黒いスーツが掛かっていたのだ。


「あそこに、あるじゃないですか」


 凱椰はスーツに向かって指を差した。


「知らんの」


 シワに隠れた鋭い眼光を光らせ、スーツを見ながら店長が答える。


「知らない?」


「ああ。メーカーの名前も書かれておらんの」


 しかし、実際に店内に飾られているの事実だ。凱椰はスーツを取って、試着室で着替えてみた。すると、ピッタリのサイズで収まったのだ。凱椰は自分が成人男性の平均身長である事を知っているため、妙に納得した表情で試着室を出る。


「これでいいから、売ってくれないか?」


 凱椰は店長に自分のスーツ姿を見せつけながら言った。


「じゃあ、5000円で良いぞよ」


(ありがてえ……)


 予算範囲内の5000円で買えると言われ、心の底から歓喜する凱椰はレジに5000円札を置き、スーツを着たまま店内から出た。


「なんだ?」


 凱椰の目の前に西洋のガンマンのコスプレをした男が現れ、凱椰の行く手を塞いだ。男の隣には、小さな女の子がいる。


「あら」


 男は写真を見ながら、凱椰と写真を見比べている。


「なんだよ。人の顔をジロジロと見やがって」


「顔が違うぞ」


 そう言った男が、隣の女の子に写真を渡した。


「本当だ。でも、この人スーツを着てるよ」


「確かに。ということは写真が間違ってるって訳か」


 男は女の子から写真を取り上げて、写真を丸めて地面に捨てた。


「何の話だ?」


「おい坊主。1回しか言わないから良く聞け。今すぐ、そのスーツを俺達に渡せ」


「こいつは俺が買ったスーツだぞ! 誰が渡すかよ」


「二度は無い」


「う……!」


 危険を感じた凱椰は、方向転換して、一目散に逃げ出した。取り残された2人は顔を見合わせた後、凱椰の足取りを追った。


 凱椰がいやは路地裏を這うようにジグザグに進み、空き地の大木の陰に隠れた。久しぶりの運動で、少し走っただけで、肩で息をしてしまっていた。


「畜生が……なんで、俺がこんな目に」


 木陰で息をひそめる凱椰は脳裏で西洋ガンマンの姿を思い出す。とても人間とは思えない赤色の目をしていたが、恐らくはカラーコンタクトの類だろうと凱椰は予測していた。


「追ってきていないだろうな」


 ゆっくりと、木陰から身を乗り出した瞬間、胸ポケットから謎の電子音が鳴り響いた。それなりの音量があり、凱椰の体はビクゥと反応し、全身に鳥肌が立つ。そんな凱椰は何事かと思って、胸ポケットをひっくり返す。すると、胸ポケットに、極々普通の眼鏡が入っていた。その眼鏡から謎の電子音が流れているのだ。このままだと、追いかけてきている敵に発見されると、電子音を消す方法を探す凱椰。


「うるさい、うるさい、奴らに見つかってしまう……」


 予想もしていない事態に戸惑いを見せる凱椰は眼鏡に突起物のボタンらしき物を2つ発見した。1つは緑色のボタンで、もう1つは赤色のボタンだ。凱椰は明らかに危険そうな赤のボタンは押さずに、緑色のボタンを押した。


 まもなく電子音は止まった。凱椰はホッと胸をなでおろし、好奇心で眼鏡を掛けた。


「もしもーし!!!」


 突如、凱椰の脳内で女の甲高い声が鳴り響いたのだ。これには、顔をしかめずにはいられない。


「なんだ、この声」


 声に驚いていると、今度は凱椰の眼前に女が出現した。彼女は栗色の短い髪の毛に、碧色の目をしており、見た目は10代後半だった。一目見て外国人だろうと凱椰は確信する。


「貴方、誰?」


 凱椰が口を開く前に、眼前の彼女が口を開いた。


「おいおい。それはこっちの台詞だ。急に現れやがって」


「なんで、貴方がスーツを着ているの?」


「別にスーツ着てたっていいだろう。俺は大人だぞ」


「そのスーツは特別な力を持っている者にしか着れない筈」


「特別な力だ?」


 変な話をするお嬢ちゃんだと凱椰は内心思っていた。


「一度スーツを着れば、初代破壊神との契約を完了し、契約破棄をすることは不可能」


「勝手に話を進めるなよ」


「つまり……貴方は純粋なる世界の守護者に選ばれた」


「はあ?」


「もう後戻りは出来ないわよ」


「あーごめん。言っている意味が全然分からない」


 凱椰の言っている事は最もだったが、彼女はお構いなしにと、喋り続けた。


「私の名前はルリジオン。その眼鏡はエレジーという眼鏡で、私達組織が使っている通信機器よ。ちなみに、貴方が見ている私はエレジーから送られた立体映像に過ぎないわ」


「なんだって、組織だ?」


 危ない話に首を突っ込んでしまったのではないかと、不審に思い始めた凱椰。


「話は後、彼らが来るわ」


「彼らって?」


「そのスーツを狙っている奴よ」


 ルリジオンがそう言うと、ガンマンの男と女の子が空から降ってきたのだ。吃驚した凱椰は思わず、尻餅をつく。そして、ガンマンの男を二度見すると、ガンマンは狼男の姿になっていた。


「うわっ」


「それが彼らの本当の姿よ。エレジーを掛ける事で、始めて彼らの正体を掴める。エレジーから流れる微量の電波で逆探知される危険性があるけどね」


「ど、ど、ど、どうすりゃいいんだ!」


 恐怖で呂律が回らない凱椰だった。



「赤色のボタンを押して」


「これか」


 凱椰は言われるがままに、エレジーの赤色ボタンを人差し指で押した。しかし、何も起こらない。


「次にボタンを押しながらデファンサスーツと言って」


 ルリジオンがそう言った。


「デファンサスーツ」


 凱椰には恥ずかしさもあったが、四の五の言っている場合では無かった。


「させるか!」


 その瞬間、ガンマンの格好をした狼男が突撃してきたのだ。凱椰は恐怖のあまり目を伏せるも、スーツから十字架の形をしたバリアが出現し、狼男の攻撃から身を守った。狼男はバリアに衝突した衝撃で、吹き飛ばされてしまった。


「バリア?」


 目を開けた凱椰がバリアとおぼしき物体を目視する。黒色の十字架がスーツから飛び出して、敵からの攻撃を防いでいるのだ。


「組織の印よ」


 凱椰の言葉にルリジオンが付け足した。


「おのれ、既に契約を交わしていたか」


 何事も無かったかのように起き上がる狼男。どうやら、ダメージは左程与えられなかったようだ。


「来るわよ。武器を構えて」


「武器なんて持ってねえよ!」


「想像するだけでいいのよ」


「想像?」


「そう。スーツを起動させた時点で、貴方は仮想の精神世界を創りだしているの。精神世界では自分の想像力が武器を生み出す」


「訳分からんが、やってみるしかないか」


 そう思った凱椰は、心の中で一本の剣を想像した。すると、凱椰の右腕に鋭く光った刀身の剣が出現する。


「ええい。死ぬがいい」


 狼男がホルスターから銃を抜いて、凱椰に向けて発射した。しかし、凱椰には黒い十字架のバリアが展開されており、銃弾の雨を防いだ。


「俺は夢でも見てるのか」


 目の前の信じられない光景に、凱椰は呟いた。


「今よ。早く攻撃して!」


 対するルリジオンは急かしている。


「了解だ」


 バリアを解除して、狼男に跳び掛かった凱椰は、そのまま凱椰の胸に刀を突き刺した。体の奥まで突き刺さる鈍い音が、凱椰の耳に響く。狼男は激痛に苦しみながら、両手を振り回しているため、危険を感じた凱椰は剣を抜き取って、距離を離す。


「うおおおおおおおお!」


 まもなく、絶命の叫びを轟かせながら狼男は肉片も残さず爆殺した。その隣では女の子が無表情で立っている。仲間が殺されたにも関わらずだ。


「やるう」


 女の子がウインクした後、女の子は砂になって消えた。


「これで、終わりか?」


 凱椰は立体映像のルリジオンに恐る恐る聞いた。


「そうよ。今の所はね」


 危機が去って、ヘナヘナとだらしなく座り込む凱椰だった。



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