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春夏秋冬、少年少女のお話

帰宅部のエース

作者: tomato

◆◆◆


トランペットは好き。想像した音が出たあの瞬間は、たまらなく嬉しい。

やる気はある。

根性も…まぁある方だと思う。

ずっと続けていきたかった。

でも、私には技術が無かった。

才能がほしい。

それが思いっきり吹き出して、目の前で帰りにコンビニ寄ろうかな~とか何とか呟く彼に対しての言葉へと変わった。


「…嫌い。」


◆◆◆


「は?」

放課後。目の前の女子に何と言われたのか分からず、俺は思わず聞き返した。

「…だから、嫌い。」

繰り返された。

意味が分からない。

「…いや、何で。」

「…話せば長くなる。」

なんだそれ、と思いながら俺は鞄に荷物を詰めた。


「帰宅部のエース森川、プリント数学の先生んとこに頼む!」

「誰が帰宅部のエースだよ。持ってくからそこ置いとけ。」

ちょうどその時、サッカー部の奴にプリント提出を頼まれた。

見島との話は一旦置いといて、とりあえず数学のプリントを数学の先生に届ける。そして教室に戻ってきたときには、もう既に見島は部活に行ってしまっていた。


「後味悪…。」


自分以外は誰もいない教室でそう呟いて、俺は回れ右で帰路に着いた。

帰宅部はこのクラスで俺だけだ。用事をよく押し付けられる。普段は何とも思わずこなしていたのに、今日は無性に用事を押し付けられたことにいらついた。


◆◆◆


メトロノームのカチ、カチという音が響く。

私は大きく息を吸って、マウスピースに唇をあてた。

音をイメージする。

息を楽器に吹き込む。唇の動きも変えて、どんどん音の階段を駆け上がり、下る。

シ…ド…レ…ミ…

どんなに高い音も、低い音も綺麗に出せるように、目を閉じて、ただひたすらに音の階段を上下し続ける。毎日。


「毎日すごいねぇ。」

「あたし絶対挫折する~。」

「晶ちゃん凄い根性だよね…。音ひとつひとつ凄く丁寧。」

先輩の言葉。

多分、私は褒められているんだろう。

でも素直に喜べない。


だって、結局曲が吹けなければ意味はないじゃない。

いくら一つ一つの音が出せても、曲を吹ける技術がない私には、先輩の言葉は私をけなしているようにしか聞こえなかった。


技術が伴わない。


だから、技術があるのにトランペットを吹くのを辞めてしまった森川に凄く腹が立った。完全なる逆恨みだと分かっていても、苛立たずにはいられなかった。


◆◆◆


回れ右をして、教室を後にしたその歩みを俺はピタッと止める。

「…嫌い、ねぇ。」


やっぱり気になる。

このまま帰ると、気になり過ぎて夜寝られない。

もう一度、回れ右をして歩き出した。。


「すんません、見島いますか?」

「ん?晶ちゃん?今さっき出てったけどもうすぐ帰ってくるはず…。お、来た来た。」

見島の先輩であろう女子がトランペットの音が響く教室から顔を出す。

おーい晶ちゃん!と、その人が大声で三島を呼んだ。

見島がこっちを見ている。


「…何でいるの?」

「いや、その…さ。」


何と勘違いしたのか、ここに来て最初に喋った先輩がニヤニヤしながらどこかに行った。


断じて恋愛ではない。

むしろ俺は見島に嫌われている。


「…話長くてもいいから教えてくれ。何で俺嫌われてんの?気になっておそらく今夜眠れなくなる。」


単刀直入に聞いた。

見島はずっと黙って俯いていたが、やがて話し始めた。



「森川ってさ、中学ん時吹奏楽部だったでしょ?一年の時からずっと大会でステージに出て。

課題曲も自由曲も、トランペット全然ミスなんかない、すっごいなぁって。

……それに比べて私は三年でようやく大会に出られた。で、練習本番ミスだらけ。

同じように三年間トランペットやってたはずなのに……ううん、練習量だけなら私は絶対に負けてなかったはずなのに。

才能の差って練習じゃ埋まらないんだって思ったんだ。

トランペットが好き。でも、好きだからうまくなりたいって思う。

でも、私は周りより下手って気づいてるからずっと悔しくて…。

まだトランペット吹いてたかったからあんまり考えないようにしてたけど、この高校に森川がいたから受験で忘れてたのに思い出しちゃったの。

しかも同じクラス。同時に森川が吹奏楽部入ってないのも知って。

それで、腹が立った。なんで才能持った人がやってないのって。

トランペット、好きでも吹けない奴がいるのに贅沢だって。だから嫌いなの。

逆恨みだって分かってる。でも、私には森川が理解できない。

本当は私と森川、逆のところにいるべきなんだって、どうしても思っちゃうんだ。」


真逆だ。俺と三島は。


「…楽しめないもんをやるのって、苦痛だろ?」


俺の口から出てきたのは、そんな問いかけだった。


「俺にとって、トランペットは楽しいものじゃなくなってた。トランペットを見るとプレッシャーで潰れそうになって、そんで疲れた。だからやめた。」


皆ほめてくれたけど。それに疲れたなんて、見島からしてみればかなり贅沢な悩みだったらしい。

それでも、悩みは悩みだった。

今となれば、そんな考えはみじんもないが。


こんなに吹きたがってるやつがいるくらいには、トランペットは楽しいもんだったんだろう。




もう一回、やってみようか。


◆◆◆


『俺にとって、トランペットは楽しいものじゃなくなってた。トランペットを見るとプレッシャーで潰れそうになって、そんで疲れた。だからやめた。』


――――――私、今、トランペット好き?


苦しい。悔しい。下手過ぎて、悲しくなってくる。


改めて考えると。


「…背中押されたな。」


嫌いだったのは、トランペットが好きだと嘘をつき続けていた私自身だった。

私は、ポケットに入れていた一枚の紙を取り出した。



「森川、ごめん。やっぱそんな嫌いじゃない。」


◆◆◆


「「失礼します」」

俺と見島は二人揃って吹奏楽部の顧問のところに来ていた。




「退部届出しに来ました」

「入部届もらいに来ました」




「なあ見島、どっか部活入んの?」

「うーん…二代目帰宅部のエース目指そっかな。」







何だそれ。






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