出来た人間でも未練ぐらいは存在する?
ベイジルの説明はざっと簡単な物だった。
香陽や水輝のいる現実社会とは位相の違う世界、『百獣世界』と呼ばれる異世界集合体の国の一つなのだという。
「本来ならあんたらの体細胞は組成を変えるはずなんだけどどういう重なり方をしたのか今回はあんたらは向こうの色素のままこっちに来たみたいだ」
「はぁ・・・・」
「ちなみにこっちの世界の人間はそっちで言う所の幻獣とかファンタジー世界の生き物が人型になってると思って貰って結構だ」
「めるひぇんですね・・・」
香陽はどうでも良さそうに頷く。
「ちなみに俺は蛇でおっさんは見たまんま赤獅子だ。獅子とは言ってもそちらのシシマイだっけ?それに近い」
「ライオンじゃないんですか」
「ライオンという意味での獅子はこの世界どこを探しても一人しかいない。それはこんな辺境ではなく世界の中心にいる。この異世界集合体を束ねる王だ」
「はぁ・・・・壮大ですね」
あきれ果ててもはやそれしか言えない香陽はゆらゆらと漂うように見えるエーヴァルトを見る。
「ちなみに夢を見ていたらしいからおっさんの事情は判ってるな?」
「はぁ・・・・大まかに」
エーヴァルトの表情は無表情に近く、感情が全く読めないでいる。
香陽はぼんやりと何でこの人こんなクラゲみたいに漂ってるんだろう、と考える。
前世ではないのか。
「俺がこの剣で魂をまあぶった切ってみたんだけども、おっさんだけ出てきた訳だが」
「気持ち悪いっすね」
『・・・・・』
エーヴァルトは何とも情けない表情をする。
香陽の夢の中では歴戦の傭兵だった。
一つの国に仕えることを良しとせず、紛争地帯を転々としながら様々な人を助けていた。
それはもう慕われまくりの傭兵さんであるが。
「どうも転生っつーより取り憑いてる感じらしい」
「・・・・・未練がましいっすね」
「まぁ、コウヤちゃんったら・・・・こんな素敵な人に向かってそんなゴキブリでも見る様な表情で・・・」
「ゴキブリより質悪いわ」
半ば自棄である。
と言うか自棄にならざるを得ない。
自分の前世がごっついおっさんだなんてどこに喜ぶ女がいる。
目の前の水輝を除いて。
「取り憑いてるというか?君の魂を守ってるというか?何かそんな状態らしい」
『半ば融合しつつあるがな』
「質わりいいいいい!」
「あらあら」
うがー!と香陽は頭をかきむしる。
襟足につく程度の長さの香陽の髪がぼさぼさになったが、本人お構いなしだ。
「まぁ、俺が殺しといて言うのも何だけど、おっさん一個だけ未練がある訳よ」
「ああ・・・・・・あの『人』ですか・・・・」
香陽の夢に出てくるもう一人の人物の事だろう。
超ドシリアスな夢に出てくる麗人。
美人なのだ。思いっきりそれはもう。
水輝が春の女神ならばかの人は冬の女王だろう。
凜とした黒髪の人。
ただ、服装がいまいち性別を判らせてくれなかった。
しかし、さりげなく主張しているふくよかな胸が辛うじて女性だと判らせている。
そんなタイプの麗人だった。
『もう一度、約束を果たしたい』
彼の未練はそれだった。