序
さよならとは言わなかった。
この身が裂けても言うものかと。
何故なら。
欲しい言葉は『それ』ではないから。
「―――!!」
名前を叫んでいる、涙で汚れた顔。
ああ、そんな顔が見たい訳ではないのに。
どうしても自分はそんな顔ばかりをさせてしまう。
「―――!!」
涙と一緒に滲んだ返り血。
暖かかったそれはおそらく水よりも冷たくなっているだろう。
「一緒にいるって・・・言ったのに!」
ああ、かつて自分はそう言った。
絶対に死なない、負けないと。
「嘘つき!!嘘つき!!!」
高からず低からず、歌舞音曲に興味の無かった無骨な自分ではその声が心地よいと知っていてもそれをどう表現するのかは全く判らない。
「・・・泣くな」
「!」
「泣かれると、どうして良いのか判らない」
まだ口からは声が出る。
それとも思念だけの、肉の声ではないのかもしれない。
だがそれでもいい。
相手にさえ通じれば。
「お前は強いんじゃなかったの・・・・?こんな事で死んでしまうの・・・?」
流れた涙が光を受ける。
それを綺麗だと見惚れていると、手を捕まれる。
白くて細い、武器など持たない手。
「嘘つき・・・・・っ!」
「ああ・・・・悪いな」
癒しはない。
そんな物がある方がおかしい。
「どうして・・・・・っ」
こんな事なら初めに逃げなかったのか、と。
しかしそれは良しとしなかった。
ひゅん、と風を切る音がする。
鉄が、薙ぐ音。
聞き覚えありすぎて聞き間違えようのない、凶器の音。
「お前だけは・・・・・裏切らないと思ってたのに・・・っ」
さらさらと流れる髪を払い、頬へと手を添える。
途端に赤で汚れる。
「裏切らない・・・・」
「けど・・・っ!」
「もう一度、会いに来る」
喉の奥からせり上がってくる鉄錆の味。
ごぼりと吐き出し、自分の最後を悟る。
「もう一度会いに来るから・・・・待ってろ」
「・・・・お前みたいな嘘つきの言うことなんて・・・信用できない・・・っ」
「それならそれでいい・・・・」
真っ赤になりながら、この期に及んでまだ拗ねた声で言う言葉に口の端が緩む。
「お前は・・・・・こういう状況なのにどうして・・・」
血で塗れた指で最後の唇の感触をなぞる。
絶対に忘れない為に。
「疲れた・・・・」
その言葉に、はっとした表情になった。
もう流石に力がない。
「少し休む」
「ああ・・・・好きなだけ休め」
ほろほろと血で汚れた頬を透明な雫が滑り落ちる。
「今までありがとう」
血で塗れた人生ではあったが。
最後の最後でこの相手に出会えて良かったと。
けれども最後にはしないと。
「忘れるなよ・・・・」
「・・・しっかり忘れてやるから・・・・っ」
もう一度、鉄の薙ぐ音が聞こえる。
「悪いが・・・・こいつを離してくれ」
がしゃん、と聞き慣れた鉄の音を立てながら歩いてきた相手に告げる。
「・・・・絶対に・・・!!」
会いに来い、の言葉は聞こえなかった。
離れまいとして引きずられていく相手をじっと見る。
「悪かったな・・・・」
鉄の塊である剣を振り上げながら、何かを言っているが、もう聞こえない。
おそらく『気にするな』と言ったのだろう。
ひょろりとした男はそのまま剣を振り下ろした。
不定期ですがちまちま頑張っていきますのでよろしくです。