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今日も乗り越える

2012/08/04に修正しました。

2012/11/11に修正しました。

 ゆっくりと本を閉じ、机の上に置く。俺は静かに泣いた。なぜか声が出せなかった。きっと、麻由美に感情移入したせいで、声が奪われたのかもしれない。手で涙を拭うことができないのもそのせいだろう。

 ベットに横たわる。止まらない涙が顔を伝い、布団を濡らす。

 まぶたを閉じると、真っ黒な視界に麻由美がいた。麻由美が俺に話しかけてくる。

 ――独りが嫌なら、一緒にいるわ。

「……ありがとう」

 ――これが正しい答えかどうか分からない。でも、勇くんに私ができるのは、もうこれだけだから。ごめんね、勇くん。何度もたくさん、私のことを守ってくれたのに、私はこれしかできないの。

「……十分だよ。十分……助けてくれた。真由美は……大丈夫か?」

 ――私は大丈夫よ。病気を絶対に治す。そしたら、またこうして一緒に居ようね。

「……あぁ、そうだな」

 ――勇くんも、きっと、大丈夫ね。

「……うん」

 ――私は勇くんのことが、好きでした。

「俺も…好きだった……」

 そう答えると、麻由美は俺に笑いかけた。

 麻由美の面影が次第に薄く、遠くなる。俺は手を伸ばす。でも、届くことはなかった。闇雲に伸ばしても、届くことはなかった。

 なんで麻由美がこんな運命を辿らなければいけないのだろう。なんで頑張ってきた彼女に病魔を襲わせたのか。

 なんで俺じゃないのか。俺には醜い傷があるからなのか。本当に神様は残酷で、不平等だ。

 できるなら俺が身代わりになりたかった。でも麻由美はそんなことを望まない。余計に彼女を悲しませるだけだ。

 麻由美の顔に一筋の涙が流れているのが見えた。そして、麻由美はか細い声で言う。

 ――ずっと、ずっと待ってる。

 麻由美の姿はついに消えてしまった。

 目をゆっくり開く。ようやく涙が止まった。

「……あぁ、待っててくれ」

 結局、あれは現実だったのか、夢だったのか分からない。だけど、そこで疑問を感じたら一向に進めない気がする。自分に良いような解釈で素直に受け止める。それだけでいいと思う。思い悩んでいたり、悪い方へ考えると見えるものも見えなくなるし、知らないうちに真っ暗闇に閉じ込められてしまうだろう。俺はまさに真っ暗闇に居た。そしてその何も見えないところへ光を差してくれた麻由美が居た。

 だから、俺を助けてくれた麻由美の分まで絶対に生きる。俺にできることはこれしかないから。





 翌日、朝の日差しに起こされた。今日は比較的に温かい。普段と変わらず朝食を済ませ、身支度をした。そして傷を晒さないようにマスクで隠す。

 ワックスで固められた髪、整えられた眉毛、面積の広いマスク。これが森口勇だ。これが俺なんだ。

 玄関の戸を開けると、いつものように道路に渋谷が居た。気まずそうな表情をした渋谷は、口ごもりながら挨拶した。

「よう……森口」

「おはよ!」

 俺は大きな声で挨拶を返す。俺の大声で驚いたのか、それとも雰囲気が変わっていることに驚いたのか、渋谷の目が丸くなった。

「え、森口? 何かあったのか?」

「ん? なんでそんなことを訊くんだ?」

「いや、だって、やけに元気だなって思ってよ。昨日ので、すっかり落ち込んだんじゃないかと」

 心配してくれていたのか、渋谷。

「あぁ、落ち込んだよ。もの凄くね」

 皮肉っぽく、俺は言った。

「ごめんな。あんなことを言ってしまって」

「気にしなくていいよ。むしろ、謝るのは俺の方だよ」

「え?」

 渋谷はきょとんとした。そんな渋谷に向かって俺は小さく頭を下げる。

「ごめん。勝手に出て行っちゃって」

 俺はそう言い、頭を上げた。渋谷は俯いていた。

「許せねぇ……」

 渋谷は怒り混じった声でそう言った。

「え? ……って、うわ!」

 渋谷は俺の顔に目掛けて、雪玉を投げた。渋谷が片手だけ後ろに隠していたから、妙だとは思っていた。後ろに雪玉を隠していたのだ。

 おでこに命中し、前髪と顔、マスクが濡れた。突然のことで、避けることができなかった。

「許せねぇよ! せっかくお前と一緒に雪合戦したかったのによぉ! 勝手に出て行っちまうんだからな! お前が仕返してこないんだったら、俺が投げ続けてやる!」

 渋谷は笑いながらそう言った。

「周りがどうのこうの言われても、お前は俺の親友だ!」

「ははは……。渋谷、気持ち悪いよ。そのセリフ」

「なんだとぉ! これでもくらえ!」

 渋谷は再び雪玉を投げた。俺はひょいとかわし、道路にまだ積もっている雪をつかんだ。その雪を固め、渋谷に目掛けて投げた。渋谷は避けたが、その拍子に凍った道路に足が滑って転んでしまった。雪かきによってできた高い雪山に向かって頭から突っ込んだので、俺は思わず腹を抱えながら大笑いした。

 自力で抜け出した渋谷は、部活によって鍛えられた腕や手で俺の襟元をつかみ、その雪山に突っ込ませた。雪の冷たさに凍えることなく、二人して笑っていた。

 しばらくの間、渋谷とびしょびしょになるまで雪合戦をしていた。学校に遅刻したが、かけがいのないものを得られた気がする。とても楽しかった。楽しいと思えたのは久々だ。

 ありがとな、渋谷。こんな俺のことを親友だと言ってくれて。

 教室から外を眺めていると、風に揺られた何かが、俺の目の前を通っていった。それは一枚のピンク色の花びらだった。

数ある中この小説を読んでいただき、ありがとうございました。

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