書店
2012/08/04に修正しました。
2012/11/11に修正しました。
国立公園から向かった先は、今にもつぶれそうな本屋だった。国立公園から自宅の間には、古ぼけた本屋がぽつんと建っている。周りには空き地があったり、シャッターが下りている店が何軒かあった。駅から離れているせいか、利用客がとても少ない。
お昼はあの駅前にある書店には下巻が置かれてなかった。でも、今置かれている気がする。この胸騒ぎがする理由や答えが、見つけられる気がする。
俺は一歩足を踏み出し、店の中に入る。
「いらっしゃい」
年老いた女性が俺を迎えてくれた。店員はこの人だけだった。
内装はみすぼらしく、とても小さい店だったが、いくつか新作が置かれていた。その中に、俺はすぐ見つけた。『白い桜』の下巻を。
さらに、その隣には彼女が書いた小説が置かれていた。名前は『ユメわたり』。俺は迷うことなく『白い桜』の下巻と『ユメわたり』を手にして、レジへ向かった。
「あら、お客さん。この子が書いている本が好きなのかい?」
年老いた女性はこの二冊の本のタイトルを見て、俺のことを興味深そうに言った。
「え? はい、まあ……」
突然話しかけられ、少しびっくりした。
「わたしゃあねぇ、この子が書く小説が好きなんよ。いつも元気をくれた」
「そう……ですね」
俺も彼女から元気をくれた。最後のページがきっかけで自殺しようと決意した俺だったが、彼女が伝えたかったことはそんなことじゃなかった。全員を好きにならなくていい。全員を信頼しなくてもいい。一人だけでも好きになったり、信頼するだけでもいいんだと、彼女は伝えたかったんだ。そして、何よりも自分を嫌いになってはいけないんだと伝えたかったんだ。
「わたしゃあね、長い間、ここを閉めてたんよ。でも、この子がきっかけで、また開くことにしたんよ」
「俺、小学生のころによくここに来てましたけど、あなたのような店員がいるなんて……」
本を読むようになったのはこの本屋のおかげでもある。中学校に進学する手前、突然、店が閉まってしまった。それに小学生のころでも、この年老いた女性の店員はいなかった。
「入院しとったんよ。短い余生を無理やり延ばして、残りの人生を病院で過ごすんかなと思っとった。でも、そんなときにこの子に会ったんよ」
「え? 会ったんですか?」
「ええ、そうよぉ」
彼女が書いた『白い桜』はノンフィクションなのは分かっていたが、こうして彼女に会ったことのある人と対面するなんて、なんだか不思議に思えた。
「この子は見えない病魔と闘っていた。まだ若いのに心が強くてなぁ。長年、積み重ねてきたはずじゃった年老いた心がとても惨めに思っとった。この子が本を書いていると聞いて、わたしゃ決心したのさ。この子が書いた本をたくさんの人に送りたいってね」
「そして、ようやく……夢が叶えることが出来たんですね」
年老いた店員は微笑んだ。
「そうねぇ。でも、心残りが一つだけあるかねぇ」
「それは……なんですか?」
「この子の成長を見届けられないこと、だねぇ」
「たとえ、短い余生だとしても、彼女は応援してくれると思いますよ。だから、そんな彼女を見守ってください」
年老いた店員が一瞬だけ悲しそうな顔つきになったのは、気のせいだろうか。もしかして俺は失礼なことを言ってしまったのだろうか。
「そうだねぇ。お客さんはこの子に似とるねぇ」
「え?」
「はい。千五十円ねぇ」




