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孤立

2012/08/04に修正しました。

2012/11/11に修正しました。

 昼食を食べ終えたあと、トイレで用を足して教室に戻るときだった。

 ドアに手をかけて開けようとすると、聞き慣れた声がドアの向こうから聞こえた。

「渋谷。朝、なんで森口と一緒に学校に来るの?」

 朝のホームルーム前に、俺のことで話していた二人の女子のどちらかの声だった。どうやらその声の主は渋谷と一緒にいるらしい。

「え? うーん……って、なんでそんなことを訊くんだよ」

 不自然にならないよう、俺は教室と廊下の境になる壁に寄りかかり、誰かを待っているように見せ掛ける。壁に伝わる声の振動で、なんとか聞こえる。

「あんな気持ち悪い奴と一緒に居て、なんとも思わないの?」

「確かに、気持ち悪いと言えば気持ち悪いけど……。あんな傷、見たことないし。正直に言うと醜い」

 渋谷のその言葉に、俺は急に息苦しくなった。

「みんなは非難してるのよ。森口と渋谷に」

「お、俺も?」

「そう。だから、早めに関係を断ち切っちゃいなさい」

「なんでそんなことを言うんだよ」

「私はね、渋谷。私のようになって欲しくないの。いじめられた人を助けた私のようにね」

 クラスの中でそんな優しい人がいたなんて、思ってもみなかった。少なくとも、女子の中でそんな人は絶対にいないだろうと思っていた。

「見かけによらずに優しいんだな」

「私のことはどうでもいいの。それで、今度は助けた私がいじめられるようになった」

「えぇ!?」

「だからお願い。今は平気かもしれないけど、だんだんエスカレートして、渋谷までいじめられるようになるかもしれない。私はそうなって欲しくないの」

 しばらく、二人の間に沈黙が訪れた。いや、会話しているのが二人なわけで、本当は三、四人いるのかもしれない。渋谷はどう答えるのだろうか。気持ち悪いと思われても構わない。せめて、信頼できる友はなくしたくない。

「……分かった」

 渋谷のその一言で、俺の思いは虚しく、砕け散った。

 俺は盗み聞きするのを止め、ばたんと勢いよく扉を開けた。そして、自分のバックを持ってすぐ教室から出た。渋谷が何か言っていたが、俺の頭の中には入ってこなかった。

 走って、走って、走り続けた。

 俺は置き傘を手に取らず、学校の敷地内から出た。うっすら降り続ける雪や積もった雪なんかお構いなしに走り続けた。行き先は分からない。けれど、もう自分の居場所ではない学校には居たくなかった。

 ふと気がつくと、俺はすで電車に乗っていた。次の停車駅がちょうど自宅の最寄り駅だったので、開くドアに向かって歩き出し、電車から降りた。

 俺が向かった先は、いつも立ち寄っている書店だった。自分の意思で向かったのか、それとも無意識で向かったのか分からない。でも、答えが欲しかった。ひどく落ち込んでいて、心がずたずたに引き裂かれて弱くなった自分に、居場所を作りたかった。他に信頼できるのは、本に出てくる人たちだけだった。だから書店に来たのかもしれない。

 いつものように、下巻が棚に置いてあるかどうかを確認する。しかし、上巻の隣には別の本が置かれていた。今日もなかった。

 仕方なく上巻を手に取り、最後のページの一行目から読む。最後のページを読もうとしたところで先生に取り上げられたから、まだ読んでないところだ。


  病気はさらに私を追い込む。足が動かない。でも幸いなことに、かろうじて手や腕は動ける。

  良かった。

  だって、電気車椅子に乗れば、手で操縦をして自由に出掛けられるもの。それに、こうしてまだ小説が書けることも幸せなこと。

  今まで頑張ってリハビリしてきた自分に感謝、感謝。そして、今まで私を支えてくれた家族や友達、病院の人たち、他のみんなにも感謝、感謝。

  私はたくさん苦しんだけど、たくさん幸せです。


 最後のページを読み終えると、俺は静かに所定の場所に本を戻す。湧き上がる感情を抑え、書店を後にした。




 家に着いた俺は、真っ先に自分の部屋に入って引きこもった。声を漏らしながらマスクを外す。そして抑えた感情を露わにして泣いた。

 彼女のことで泣いているんじゃない。気づいてしまったから泣いているんだ。

 なんで気づかなかったんだろう。俺と彼女はどこか似ていた。俺の持つ傷に対し、彼女は病気を持っていた。俺と同じように、彼女もまた人間不信だった。そして病気に罹るまでは心に深い傷があった。

 でも、最後の最後でやっと気づいた。俺にはなくて、彼女にあるもの。

 それは支えだった。

 俺は人を不信になり、嫌いになり、支えようともしなかった。俺を支えてくれる人だけを受け入れる。それ以外の人たちを拒絶する。そんな風にいつもそうやってここまで生きてきた。

 けれど、彼女は俺と違った。彼女は病気に罹ってたくさんの人に嫌われても、決して、その人たちを嫌いにならなかった。嫌いだと思って過ごすよりも、好きだと思って過ごした方がとても楽だと、彼女は言っていた。病気に罹った自分のことを憎まず、好きでいた。

 彼女は彼女を嫌う人たちを含め全員に、何か力になりたいと言う夢があった。病気が治ったら、支えられた分、恩返ししたいと願っていた。

 俺は逆に、みんながいなくなればいいと願っている。みんなが憎たらしい。なぜみんなはいつもそんな冷たい目で俺を見る。俺は好きでこの傷を作ったわけじゃない。俺だって、みんなと同じように傷が一つもなく、みんなと同じようにみんなと過ごしたいのに。何で俺だけなんだ。

 彼女とは正反対だ。俺は人が憎く、彼女は人が好きだと思っている。支えを知らない俺と知っている彼女。彼女とは大違いで、埋められない差がある。

 その大きな差は縮まらない。気づくのが遅すぎた。俺はきっと、これからも、人を憎み続けながら、独りで生きていくのだろう。でも、俺一人の力で生きていくことなんてできない。周りが俺を押し潰そうとする。俺のことが醜いから……。

 これが、本から得た答えだ。

 俺はもう人生の端まで、いや、崖まで追いつめられている。あとは飛び降りるしかない。死への近道だ。死んだら、楽になれるだろうか。この苦しみや辛いことから逃れることができるのだろうか。

 泣き疲れ、ベットに寝転がると、自然と深い夢の中へ沈んでいった。

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