第六話
「持ち点がこれだとちょっと。」
岸本先生が言いにくそうに続ける。
「太鼓判は押せないなぁ。 最悪、後期の方も考えておいた方が・・・・」
「可能性は、全く無いんですか?」
母がすがるように聞いた。
「いや、全く無いということはないんですよ、決して。
実力だけでいうと十分合格ラインですし。 でも、持ち点が引っかかってくるんですよ。」
岸本先生が慌てたように付け足した。
「そうですか、分かりました。 後期の方も決めておいた方が良いということですね。」
母は明らかに気落ちした様子を隠そうともしない。
「清光」
「えっ?」
「清光がいい。」
そう、清光に行きたいんだ。
桜丘よりも、本当は。
「咲、あんた桜丘の英語科に行きなさいよ。」
「え、何で?」
「咲は英語が得意だし、それを伸ばそうと思ったら英語科なんてもってこいじゃないの。
今の世の中、何か一つでも他より優れてるとこがないと。」
「でも、私は清光に行きたいの。」
おずおずと言って、母の顔をうかがう。
期待に顔をほころばせていた母の表情が一転、みるみる曇りだした。
「清光ぅ? そんなところに行くくらいなら中学を卒業したら働いて早くお母さんを楽さしてちょうだい!」
「何で!? 清光も十分進学校だよ? それに桜丘なんて私には無理だよ・・・」
「無理なことないわ。 今から1年間勉強すれば。」
「もしそうだとしても、私は清光に行きたいの。」
なおも食い下がる私に母が声を荒げて言った。
「お母さんの言うことがきけないなら出てってちょうだい!
出て行って、清光でも何でも好きにすればいいじゃない!」
何度このやり取りを繰り返しただろう。
数十回同じようなやり取りを繰り返し、ようやく私のほうが折れた。
「分かったよ。 桜丘は受けるけど、ダメもとだからね。」
「桜丘がダメだったら、後期は清光を受けたいです。」
母がサッと私のほうに顔を向ける。
わざと落ちる気じゃないかと、顔にはっきり書いてある。
もちろんそれも考えたことはあった。
でも、それは母の気持ちを踏みにじる行為のような気がする。
だから桜丘の入試も手を抜かずに頑張る。
そう決めたんだ。
そう伝えるために母の目をしっかりと見て小さく首を横に振った。
私の気持ちが伝わったかどうかは分からないが母の表情が少しだけ緩んだ気がした。
「清光かぁ、それなら合格ラインですよ。」
先生が不安そうに続ける。
「お母さんも、清光で良いですか?」
「はい」
母が小さく頷いた。
岸本先生が一気に肩の力を抜くのが見えた。
「では、ここにサインしていただけますか?」