第四話
「え、もう受験10日前なのに?」
「10日前だからこそ。 最後の追い込みもみんなでやれば辛くないし。」
「でも、何で私が?」
そう。
そこがどうしてもひっかかる。
細川はもちろん、森君だって学校内では細川の次か同じくらい頭がいいし
中原や西井だって私なんかじゃ足元にも及ばないくらい勉強ができる。
「俺ら、全員理数科受けるから受験科目が3教科しかないんだ。
俺と佑太が城北で、ひろたかと俊は城南。
で、同じように3教科しか勉強しなくてもいい子を呼ぼうってことになって。」
「でも、私ここにいるみんなに比べたらかなり頭悪いし・・・」
「そんなことない。 桜丘すごいじゃん!」
城北に比べたら全然大したことないけどね。
本心ではこう続くんだろうな。
城北を受ける森君にとって桜丘がすごいわけがない。
見下してるに決まってるんだ。
桜丘自体も、桜丘を受ける私のことも。
私の悪い癖。
相手の言葉を素直に受け取れない。
自分でも分かってるんだけど・・・
「それで、男ばっかだから呼ぶなら女子にしようってなったんだよ。」
中原がつけ加える。
「でも。 でも、理数科受ける女の子もいるよ? 里香とか。
私よりずっと勉強もできるし。」
何でこんなに食い下がるのか、自分でも分からない。
みんなで一緒に勉強するのが嫌なわけじゃない。
むしろ、楽しそうだと思う。
「斎藤さんはちょっと。 おれ、あの人あんまり・・・」
露骨に顔を歪める森君。
「ていうか、せっかく女子呼ぶなら可愛い子が良いなって話になったからだよ。」
中原が、尻すぼみになってしまった森君の言葉を引き継いだ。
「そんな慎重に考えなくても大丈夫!
勉強会とは名ばかりで、実際お菓子食べながら喋ったりダラダラしてるだけだから。」
「そうそう。 ひろたかは俺の家にお菓子食べに来てるようなもんだから。」
細川はわざとらしくため息をついて、困ったもんだと、首を振った。
否定しようと口を開けるが言葉が思い浮かばないのだろう
ただ不機嫌そうに目を細める中原。
「ひろたかより邪魔ってことはないだろ?」
急に話を振られて、思わず頷いてしまった。
「どういう意味だよ! 俺が邪魔だとでも言いたいのかよ!」
握りこぶしを軽く机に叩きつける中原。
本気で怒ってないことが容易に分かる。
「そのまんまの意味だよ。 そう、ひろたかの解釈で合ってる。」
「ていうか、水野さん。 明日は何の日だと思う?」
森君は、まだ言い合っている2人を見て見ぬすることに決めたらしい。
「え、分かんない。 えっと、何かあったっけ?」
「本当に? 大事な日じゃんか。 ほら、明日は何日?」
「え~っと、2月14・・・・ あ! バレンタイン!」
「That't right! その通り、水野さん。」
綺麗な発音で『その通り』を繰り返す森君。
「どうしよ、かんっぺきに忘れてた。」
「1年に1度の大事な日を忘れるなんて、水野さん。」
森君が人差し指を立てて横に振った。
でもすぐに、目を輝かせ期待のこもった声で囁いた。
「で、明日は誰にあげる予定?」
「ん~、受験間近だし今年は良いかなぁって・・・」
「だめ! 水野さん。 だめだよね?」
森君が中原に言った。
「そうそう。 女子は絶対に作らなきゃいけないルールになってるから。」
中原が得意げに言った。
「そんなルールないし、あったとしてもお前がもらえるとは限らない。」
西井が漫画から顔も上げず冷徹に言い放った。
漫画を読みながらも一応話は聞いてるらしい。
「俊に何が分かるんだよ! 俺が去年いくつチョコもらったか知ってんのかよ!?」
「ゼロ。」
考える素振りすら見せずに答える西井。
そして、皮肉たっぷりに付け加える。
「お母さんも入れれば一人か? あ、お姉ちゃんからももらった?」
「謝ればいいのか!? 謝れば許してくれるのか!?」
「分かればいいんだよ。」
中原の立ち位置に酷く同情した。
「ね、可哀想でしょ?」
森君が私の肩に手を置いて小声で言った。
「だから、チョコ作ってあげてね?」
「え、何でそうなるの?」
やっぱりダメだったか、と呟く森君。
「あ、俺もうそろそろ行くわ。」
西井が漫画を閉じて立ち上がった。
「塾か? がんばれよ~。」
中原が西井の背中に気のない応援の言葉をかける。
「いや、お前もだろ。 宿題できてなかったから呼び出されてたの忘れたのか?」
「あ~! うわ、最悪。 まだ宿題できてないし!」
言い訳を考えているのだろうか、あちこちに視線をとばしている。
「うわ、もう本当最悪だわ。 忘れたままのほうがよかったわ。」
よい言い訳が見つからなくてあきらめたのか、頭を抱えてうなだれている。
「中原君がんばって~。」
数十秒前の中原を真似て心のこもっていない声援を送る。
自分ではそれなりに笑顔で言ったつもりだが、状況が状況なだけにバカにした笑みに受け取られたかもしれない。
「ありがとう。 明日、水野さんのチョコもらえると思ってがんばるよ。」
中原は元気のない会釈をして、軽く手を振りながら部屋を出て行った。
「じゃ、また明日。」
西井の言葉は細川と森君だけに向けられていたような気がした。
「水野もまた明日。 来るだろ?」
「あ、うん!」
嬉しくて、勢いよく頷いた。
ここに居ても良いのか、明日も来ても良いのか迷っていたから。
当たり前のように『また明日』と言ってくれたことがすごく嬉しかった。