第二話
『細川佑太』
知らないわけがない。
うちの学校で一番頭がいいと、噂の人だ。
「知ってるよ? 私立、同じとこ受けた人だよね?」
「そうそう。」
私よりはるかに賢い細川が受けたのは、もちろん私よりずっと上のクラスだ。
「あのさ、今ちょっと時間ある?」
「うん、あるよ。」
「じゃぁさ、翔の家まで来てくれない?」
「うん、分かった。」
何だろう。
この3年間で細川と話したことなんて数えるほどしかない。
それも、必要最低限のこと以外話した覚えがない。
当然、同じクラスになったこともない。
細川が私に何の用事だろう?
疑問に思いながらもとりあえず翔の家へ向かう。
考えても答えは見つかりそうにないし、第一翔の家まで行けば分かることだ。
幼なじみの翔の家までは多く見積もっても5分とかからない。
でも、その短い時間でさえ待てないほど細川が私を呼んだ理由が気になる。
小走りでいつもの角を右に曲がり、翔の家のベルを鳴らす。
は~い、と翔の軽い返事が聞こえてドアが開く。
「急に呼び出してごめん。」
翔の姿が現れるかと思いきや、意外にもドアを開けて出てきたのは細川だった。
「ううん、大丈夫。」
「話があるんだけど・・・
歩きながら話さない?」
部屋の中にいる翔の姿を確認して、そう言った。
翔には聞かれたくない話なのかもしれない。
分かった、と頷いて細川と並んで歩きだす。
「話って?」
一刻も早く話の内容を知りたい気持ちが先走り、急かすような口調になってしまう。
「まず、合格おめでとう。」
「あ、ありがとう。」
意外な言葉に一瞬戸惑ったけど、ここは素直にお礼を言うのが正しい。
細川はどうだったのかな。
「公立はどこ受けるんだっけ?」
「桜丘の英語科。」
細川はどうだった?の言葉を慌てて飲み込む。
「えっと・・・ あの、公立・・・。」
細川はどこを受けるのかと、聞こうとしても何て呼べばいいのかが分からない。
考えてみれば、名前さえ呼んだことが無かったから。
「ゆうたで良いよ。 俺は城北の理数科。」
おそらく私の気持ちに気付いたのだろう。
笑顔で“城北”を受けると、言った細川。
素直に感心した。
でも、同時に少しだけ胸がモヤモヤっとするような違和感を感じた。
本当に、少しだけ。