第1部 第7話
何平米あるのか検討もつかないくらい大きな廣野家を出て、
黒い鉄製の門をくぐると、10人の門番達が俺に視線を向ける。
だけど、出てきたのが廣野組の人間と分かると、すぐに視線を道の方へ戻す。
門番・・・つまりは、弾除けみたいなもんだ・・・は、廣野組でも下っ端の若い奴がやる。
下っ端度合いで行けば、廣野組4年生の俺も負けちゃいない。
ただ、俺は「腕が立たない」と組長のお墨付きなので、こういう力仕事は任されない。
かわりに頭を使う仕事を任された訳だが、
これも、9年選手のコータのそれとは比べ物にならない。
「おー、健次郎」
門番の1人が俺に声をかけてきた。
俺と同い年のそいつは、
高校卒業後、廣野組に自ら進んで就職(?)した、腕っ節の強い奴で、
今は門番のリーダーだ。
「大成。今日はえらく門番の人数が多いな。いつもは5人なのに」
「ここんとこ、ちょっとピリピリしてるからな」
「ピリピリ?」
「松尾んとこが、変な動きしてる」
「松尾が?」
松尾というのは、廣野組とは昔から敵対関係にある組だ。
大きさでは廣野組が一歩リードしているが、
松尾の連中はずる賢く、あの手この手で廣野組にちょっかいをかけてくる。
確かあそこの組長も、うちの組長みたく若い奴だったな。
「変な動きってなんだよ」
「なんか、人やら武器やらを集めててさ。もしかしたら、うちを狙ってくるかもしれない」
「・・・まさか」
もちろんこういう世界だから、そんなことがあってもおかしくない。
でも、少なくとも俺がいた4年の間に、いや、コータがいた9年の間に、
そんな血なまぐさい話はなかった。
マイペースな組長のお陰で、俺はこの組はいつでも平和だと思っていたけど、
実はそうじゃないんだろうか・・・?
「ま、決まった訳じゃねーけどさ、組長に何かあったら困るからな。用心に越したことはない」
「・・・そうだな。頑張れよ」
「ああ」
俺は、他の門番にも軽く挨拶をして、廣野家を後にした。
日が長くなったお陰で辺りは少し暗く始めたくらいだ。
でも就任早々事故るわけにはいかないので、
一応ヘッドライトを点灯する。
アパートまでは20分くらいだ。
その道すがら、頭の中で大成の言葉を反芻してみる。
――― 組長に何かあったら困るからな ―――
そう。今、組長に何かあったら困る。
俺だけでなく、廣野組全員が。
組長には跡取りがいない。
それどころか、結婚する気も子供を作る気もないようだ。
もっと言うと、女に興味がない。
男にある、って言う意味じゃない。
コータから聞いた。
組長は、手放した婚約者と子供のことが忘れられないのだ。
このままでは、よほど気が変わってその婚約者が子供と一緒に戻ってきてくれない限り、
廣野家の血筋は途絶える。
もちろん、そうなる前に組長は組の幹部の中から後継者を指名するだろうけど、
それは廣野家の人間ではない。
組長が選ぶ人間に間違いはないだろう。
でも、それが廣野家の人間かそうでないかは、やはり組員にとっては大きな違いだ。
そんなことになったら、組の分散とかになりかねない。
そんな将来の、しかも組の上層部のことを、俺なんかが心配する必要はないんだろうけど・・・
それでも気になってしまうのは、
俺が真面目な(?)廣野組員だからなのか、
・・・出て行った婚約者に大きな関わりを持ってしまったからなのか。
婚約者が組長と別れたのは、組長が愛人を作ったからだけなんだろうか?
もしかして、ヤクザの世界そのものが嫌になったんだろうか?
そうだとしたら、その原因の一端は、俺にもあるだろう。
なんとなく重苦しい気持ちでアパートに帰り着くと、
パソコンにメールが来ていた。
本城先生からだ。
『Sub.本田について
理事長様
こんばんは。綾瀬学園の本城です。
今日、気にされていた本田有ですが、
去年、一般入試を受け、本校に入学してきた生徒のようです。
莫大な寄付をして・・・というパターンの生徒ではありません。
両親は他県に住んでいるらしく、現在本田は寮に入っています。
一応、入試のデータを添付しておきます』
早速、添付ファイルを開いてみる。
・・・うーん。可もなく、不可もなく、と言ったところか。
記載されている中学校と小学校は、俺の知らない学校だった。
どうやら、元々他県に住んでいて、綾瀬学園に入学するために1人で上京してきたようだ。
なんでわざわざ、という気はするが、
入試データと一緒に添付されている履歴書を見る限り、特に怪しい経歴の持ち主でもない。
ということは、やはり俺と2月に知り合ったのは偶然ということだろう。
だよな。
俺が新しい理事長だと知っていて、近づいた・・・なんてドラマみたいなこと、
そうそうあるもんじゃない。
第一、俺、理事長といえども金持ってねーから、
俺に近づくメリットなんて何もない。
俺はホッとしてベッドに転がった。
面白い偶然もあるもんだ。
今度コータにも話してやろう。
また「生徒なんだったら、もう手ぇ出すなよ!」とか怒られるかもしんねーけど。
そんな呑気なことを考えながら、俺はいつの間にか眠っていた。
街で男をひっかけるなんてことを、本田有が日常的にやっているのかどうかなんて、
考えもせずに・・・