第1部 第6話
「理事長。今日はお疲れ様でした」
「本城先生・・・」
学校の客用玄関から出て行こうとする俺に、本城先生が声をかけてきた。
「先生こそ、お疲れ様でした」
「いえ。本番は明日からですからね。さあ、どういう風に授業を進めようかな・・・」
本城先生はどこか楽しそうに悩んでる。
本当に教師という職業が好きなんだな。
俺も一応教員免許は取り、教育実習もやった。
だから、思う。
絶対教師にだけはなりたくない!!!!
あんな大変で、割りに合わねー仕事はないぞ!!!
それなのに、なんで本城先生はこんな楽しそうなんだ。
そういや始業式の時、新任教師ということでちょっと挨拶していたが、
ほんの1分程の短い時間で、ちゃんと自己紹介し生徒を笑わし、自分をしっかり印象付けた。
本城先生は高2の担任だが、
それ以外の生徒も「この先生なら、気軽に声をかけられる」と思っただろう。
うまいもんだ。
「・・・そう言えば、本城先生は2年タンポポ組でしたよね?」
本城先生が顔をしかめる。
「はい。・・・って、なんなんだよ、タンポポ組だのバラ組だの・・・
幼稚園じゃねーんだぞ、統矢のやろー・・・」
全く同感だ。
「先生のクラスに、本田って女子生徒いますか?」
「本田?」
始業式の後、俺を凝視してた「ホテルの少女」だ。
あの時、名札を確認しておいた。
本城先生みたいな教師なら、初日にして自分のクラスの生徒の顔と名前は丸暗記している・・・
というのは、俺の買いかぶりだったらしい。
本城先生は「まだ全然生徒の名前覚えてないんですよねー。半年以内には覚えられるかなー」とか
呑気なことを言いながら出席簿をめくる。
「ああ、いた。本田有」
やっぱり!
「どんな生徒ですか?」
「さあ」
「・・・」
どこまでもとぼけた人だ。
「本田がどうかしましたか?」
「あ、いえ・・・ちょっと気になったもので」
俺がそう言うと、本城先生が「ふーん」というように俺を見た。
こういうすかした顔はコータそっくりだ。
「気になった、ですか」
「・・・変な意味じゃありませんよ?」
もう変なことしたけど。
「そうですか。それなら適当に情報収集しときますが、
本田が困るような事にはならないようにしてくださいね」
そういう意味では、既に困るような事になっている。
ただし、俺が。
俺は、早速何人かの女子生徒に「せんせー!バイバーイ!」とか言われてる本城先生に挨拶をすると、
学校を出て車で組長の家に向かった。
その道すがら、考えてみる。
なんとなく一緒にホテルに行った女が、
自分の学校の生徒だった。
これは単なる偶然だろうか?
あの本田有とかいう女子生徒も驚いていたところを見ると、偶然のようだが・・・
偶然だとしても、本田有がよからぬ事を考えて、
俺を脅してくるかもしれない。
俺が普通の理事長なら冷や冷やもんだが、
仮にも俺は廣野組の組員だ。
やれるもんならやってみろ、
と、かっこよく言いたいとこだが、
できることなら、やってほしくない。
それにしても。
ホテルでの本田有と、綾瀬学園の制服姿の本田有。
同じ本田有には違いないが、雰囲気が全然違う。
制服姿の本田有にはまるで色気がなかった。
完全なガキだ。
そして・・・そんな今日の本田有を見て思ったのだが、
俺、あいつをどこかで見たことある気がする。
もしくは、あいつに似た誰かを。
色白の細い女・・・制服・・・本田有という名前・・・
ダメだ。思い出せない。
だが一つだけ確かなことがある。
それは、俺はもうあいつとは寝れないってことだ。
・・・何、考えてんだ、俺。
「おー、健次郎。どうだ、理事長1日目の感想は?」
どう見ても面白がってるとしか見えない組長が、
家にやって来た俺に早速訊ねる。
「はあ、まあ。とにかく疲れました」
「当たり前だ。学校なんて行くとこじゃない。お前は金勘定だけしてりゃいーんだ」
「・・・」
ここまで割り切られると、いっそ気持ちいい。
でも、学校に行かないにしても、色んな会合には出ないとな。
他の私立学校の理事長との集まりなんかもあるし。
「で、真弥の教師ぶりはどうだった?」
本当に聞きたいのは、これのようだ。
「まだ今日は授業がなかったのでなんとも言えませんが。
早速生徒には人気ありましたよ。特に女子生徒に」
「ちっ。やっぱあいつを女子のクラスの担任にしたのは間違いか」
組長が舌打ちをする。
綾瀬学園は共学だが、クラスは男子と女子で分けてある。
「男子と女子が同じクラスなんて、何かマチガイが起きるに決まってる!」
という組長の考えからなのだが、
なんだ、マチガイって。
ちなみに男子クラスの方は、松組とか竹組とか、いかにもな感じの名前だ。
これは先代の趣味らしい。
「真弥って何組だ?」
「2年タンポポ組です」
「タンポポか・・・甘かったな。もっと笑える名前のクラスを作っときゃよかった。
チューリップなんてどうだ?それとも、オオイヌノフグリとか」
「・・・」
どこまで本気なのかよくわからない。
まあ、ヤクザの組長がこんなこと言ってるってことは、日本が平和な証拠だ。
・・・そうだ。
厄介事は先に報告するに限る。
バッドニュース・ファースト、って奴だ。
これをやっとけば、何かあっても後であまり怒られない。
俺が廣野組で学んだことの一つだ。
「組長」
「なんだ?」
「2ヶ月ほど前、道端で女に誘われてホテルに行ったんですけど、」
「おー、お前も出世したな」
「その女が、タンポポだったんです」
「・・・へー」
組長がニヤリと笑った。
とたんにいかにもヤクザ、な、悪人面になる。
「面白いな、それ。どっかの小説みたいだぞ」
「そーですね。小説だと『うわ!どうしよう、大変だ!』ってなりますけど・・・」
「お前は理事長様だもんな。生徒に手ぇ出しても問題ないだろ」
あると思うが。
「ま、上手くやれよ」
「・・・」
やれやれ。
どうなるんだ、俺の理事長生活。