表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

第1部 第5話

「―――では、1学期の始業式を終わります」


進行役の教師の声に、体育館の中の空気が緩む。

生徒は一様に「やっと終わった!」と言う顔をしているが、

一番そーゆー顔をしているのは他ならぬこの俺だろう。


出席必須という訳ではなかったのだが、やはり初めての入学式と始業式くらいは、

顔を出しておいた方がいいだろう。


と、偉そうなことを考えたのが間違いだった。


こないだの入学式といい、今日の始業式といい、疲れること疲れること。

自分が学生の時も、こういった式の類は大嫌いだったが、

人間ちょっと年を取ったからと言って本質的なところが変わる訳もなく。


しかも、一応「新任理事長」の俺が式に出るとなると、教師達も何かと気を使うらしい。

理事長の席はどこにする、とか、どのタイミングで生徒に紹介するか、とか、

スピーチはどれくらいの長さにしてもらう、とか。

逆に悪いことをしてしまった。


もっとも、スピーチはこっちから辞退したが。

そんなもん、できるわけないだろ!

生徒だって、絶対聞きたくないだろうし。


とにかく、やっぱり出席しない方がよかった。


そーいや、前理事長である組長も、学校行事には一切参加しなかったらしい。

そりゃそーだよな。

あの組長がそんなことするなんて考えられない。

そもそも、ヤクザの組長が学校の理事長ってどうなんだ。

いくら偽名でやってたからって言っても、よく保護者にバレなかったもんだ。




ここは、都心の一角に広い敷地を持つ、小・中・高一貫の私立綾瀬学園。

創立されたのは今から7年ほど前だが、

そのきっかけは、組長の「家出人収集」という変わった趣味だった。


組長は、若い頃から(今も若いけど)行くところのない奴を拾ってきては、

廣野組員にするという妙なスカウト活動を行っていた。

ただ、その「拾ってくる奴」というのが、大人の男だけではなく、

小学生だったり中学生だったりもしたため、義務教育を受けさせる必要があった。


身元不明、しかもヤクザの世話になっている子供を、受け入れてくれる学校はあまりなく・・・

公立なら当然受け入れざるを得ないだろうが、

そーゆー育ちの奴は、やっぱり普通の学校には馴染めないらしい。


「それならいっそ、私立学校を作ってしまえ」とばかりに、

組長が先代と一緒に作ったのが、この綾瀬学園だ。

当初、利益は期待していなかったらしいが、組長の才覚か、今では廣野組の重要な収入源になっている。

世間の評判も上々だ。


もちろん、理事長がヤクザなんてことは秘密だが、裏の世界では有名なことで、

訳あって普通の学校に通えない子供の親が、

大金を積んで子供をここに入れることも少なくない。

記録をちょっと見ただけでも、どっかのヤクザの子供や、政治家の隠し子、

全く身元がわからない子供、なんかがちらほらいる。


そういう生徒のために寮まで準備する念の入れようだ。


組長。いっそヤクザをやめて、学校経営を本業にした方が、

自分のためにも世の中のためにもなるのでは・・・?

と、俺は思うのだが、組長にそのつもりはないらしい。


だからこうやって、俺にこの仕事を回したのだ。


そう。

これこそが、組長が俺を拾い、ここまで育てた理由だ。


最初は嫌々の俺だったが、

訳あって、俺は組長に殺されても文句の言えない人間だった。


そんな俺に、金と住むところを与え、こうやって仕事まで世話してくれた組長に、

今ではなんとか恩を返したいと思ってる。


それはコータも同じだ。

あいつも中学生の時に家出をし、組長に拾われた。

廣野組には金なんて捨てるほどあるが、

コータは、世話になってるのだから、と自分の生活費を切り詰めていた。

学校でも学食には行かず弁当を持参したり、

金のかかる遊びは一切しなかった。


事情を知らなかった俺は、コータを貧乏人だと馬鹿にしていたのだが、

大学1年の夏に組長に拾われ、真相を知って驚いた。

そして、残りの大学生活、俺は昔のコータと同じように過ごした。


まあ、バイトしたりして金を作ってたから、

さすがに昔のコータと全く同じとは言えないが、

それまで金を湯水のように使っていたことを思うと、大した成長だと思う。


おお。そーいや、一度、

「コータの奴、金がないくせに中・高校時代、どうやって女と遊んでたんだろう」

と思い、訊ねたことがある。

そしたら、あのヤロー、当たり前のように、

「女に出してもらってた。ってゆーか、出してくれない女とは遊ばない」

と抜かしやがった。


たく、食えねー奴だ。

いつかプリキュア好きの娘に暴露してやろう。


しかし、俺も今日からは理事長だ。

今までみたいに、軽く女と遊んだりはできないだろう。

して悪いって訳じゃないが、せっかく組長がここまでこの学校を大きくしてきたのに、

俺が何かやらかして、評判を落とすようなことだけは避けたい。


だから、しばらく軽率な行動は慎もう。

ましてや前みたいに偶然街で会った女と、しかもまだ子供みたいな女と、

ホテルに行くなんてことは・・・



ん?



体育館の出口へ向かう生徒の波の中で、

1人の女子生徒がポツンと立ち止まり、こっちを見ている。


その表情は、一見普通なのだが・・・普通を装っているように見える。

何故なら、その目は少し見開かれ、驚いているような印象を与えるからだ。


そして、俺もまた・・・


「少し」どころじゃない。

周囲も気にせず、思いっきり目を見開いた。



なんとその女子生徒は、

あの日ホテルから消えた少女だったのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ