第4部 第11話
さすがに美優を抱えたままでのダッシュはきつい。
でも幸いなことに、有は遮断機に行く先を阻まれすぐに立ち止まった。
俺は有に追いつき、その腕を掴む。
「有!なんで逃げるんだよ!」
有は身を縮めて俯いている。
堪えきれなくなったのか、その頬を涙が伝う。
「だ、だって・・・」
「だって?」
「その人・・・理事長先生の恋人ですよね・・・」
その人?
「その人って、コレか?」
俺は、相変わらず俺にしがみついている美優の方を顎でしゃくった。
「ひどーい!」
「お前は黙ってろ」
「・・・違うんですか?」
俺は恋人を抱えたまま街中を全力疾走するような変態じゃない。
まあ確かに、身体だけみれば大人の女に見えなくはないけどな。
「こいつの顔見ろ。ただのガキだって」
「おじちゃん、ひどすぎる!」
「だから、黙ってろ。有、それにお前もコイツのこと知ってるだろ?」
「え?」
ようやく有が恐る恐る顔を上げた。
俺はそのまん前に美優の顔を向ける。
「ほら。コータんとこの美優だ」
「・・・あ!」
とたんに有は笑顔になり、そしてまた泣き出した。
やれやれ。
女ってのは、よくわからん。
俺は美優を右手で抱きかかえたまま、左手で有の手を取った。
「落ち着いたか?」
「はい・・・」
俺の部屋のソファで、有はコーヒーを一口飲むと、
ホッとため息をついた。
「すみませんでした、急に・・・」
「いいけど。『おじちゃん』には100メートル走はちょっときついな」
「ふふふ。あ、美優ちゃんは?」
「家に帰った」
というか、強引に帰らせた。
こっからは大人の時間だから、子供は立ち入り禁止だ。
俺は有の手からマグカップを取り上げ、
そのまま有をソファに押し倒した。
「な、何するんですか」
「そっちこそ、何しに来たんだ」
有が俺から目を逸らす。
この6ヶ月間、有のことは考えないようにしていた。
でも4年間もずっと想い続けていたから、
最初の頃は少し気を抜くと、すぐに有のことを考えてしまっていた。
だけどようやくここ2ヶ月くらいはそれもなくなってきて、
やっと有のことを忘れられると思っていたのに。
なんでまた現れるんだよ。
嬉しさと共に、怒りが込み上げてくる。
相反する二つの感情。
でもそれは、同じ行動となって現れた。
俺は有を抱きしめ、キスをした。
有も初めこそ少し抵抗したけど、すぐに大人しくなる。
この感触・・・
懐かしい。
有だ。
間違いなく、有だ・・・
脳の奥がしびれた。
本当に脳がしびれるなんてことはないけど、そんな感覚だ。
気が遠くなりそうになる。
「・・・お礼を言いに来たんです」
「礼?」
いつの間にか激しくなっていたキスが途切れたところで、有が呟いた。
「戸籍謄本の」
「・・・ああ」
「ありがとうございます」
「礼を言いに来ただけか?」
「・・・」
「なら、来る場所が違う。戸籍謄本を作ったのはコータだ」
俺は身体を起こし、有から離れようとした。
が、有の腕が俺の首に回され、引き戻される。
「相変わらず意地悪ですね」
「相変わらず?」
有が俺の下で、俺を睨む。
「待っててください、って言ったのに、何も言わずにいなくなるなんて。ひどいです」
「何も言わずにいなくなったのは、お互い様だろ」
有が怪我をしたまま病院から姿を消した時、
俺がどんな思いをしたことか・・・
わかってるのかよ?
「私、いなくなんてなってません。ちゃんと岡部村で理事長先生のこと、待ってました」
「あのな・・・」
「私があそこにいるって、わかってたでしょ?」
わかってた、っていうか、いてほしい、とは思ってた。
そして実際に有は岡部村にいた。
そういう意味では、確かに有は完全に消えた訳じゃなかった。
「どうしてすぐに来てくれなかったんですか?」
「どんだけ勝手なんだ。消えたり現れたりしやがって」
「もう消えません」
「・・・本当に?」
「はい」
俺たちはしばらく見つめ合った。
そして、2人の唇が再び重なろうとしたその時、
またインターホンが鳴った。
よく鳴る日だ。
だけど、もちろん今度は無視・・・
する訳にはいかなかった。
そりゃ、5回も続けて、
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!
と鳴らされりゃ、無視するにできない。
あー!せっかくいいとこなのに!!
俺は苛々しながら有に「ちょっと待ってろ」と言って起き上がろうとしたが、
その前に外から大きな声がした。
それはもう、「俺の家って、壁なかったっけ?」と思うほど、デカイ声だ。
「おじちゃーん!おなか減ったぁー!!」
俺は脱力して有の上にドサッと身体を落としたのだった・・・
*次回、最終話です。