表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/41

第4部 第8話

温泉卵ばあさんのお陰で、いい感じに脱力した俺だったが、

インターホン越しに若い男の声で「はい」という返事を聞いた瞬間、

全身に緊張が走った。


この声は・・・

おそらく岡部村の村長で、有の腹違いの兄である、野波雅人だろう。


俺は無意識のうちに、丁寧な言葉遣いで話していた。


「村山と申します。お休みの日に申し訳ないのですが、」

「ああ。はい、わかりました。おめでとうございます」


俺の言葉が遮られる。


「おめでとうございます」?

俺が村役場来場者1万人目とか?


いやいや、そんな馬鹿な・・・



程なくして、閉じられていた村役場兼、野波家の門が開かれ、

ひょろっとした優男が姿を現した。


間違いない。

昔、コータとここへ旅行へ来た時に一緒に飲んだ男だ。

俺と同い年のはずだから、今は26歳か。



俺は野波雅人の顔をまじまじと見た。

似てる。

有と似ている。


色白の肌や、幼く見える顔立ち、全体的な雰囲気。

有とそっくりだ。


そのせいで、俺の緊張はますます強くなった。


が、野波雅人は何やら勘違いをしているらしい。


「おめでとうございます。あれ?お1人ですか?」

「は?はあ」

「ああ、もちろん、お1人でも結構なんですけど。

じゃあ、用紙は僕がお預かりしておきますね。手続きは明日になりますが、

日付はちゃんと今日にしておきますから」


なんのこっちゃ。


俺がポカンとしていると、さすがに野波雅人もおかしいと気付いたらしい。


「あの・・・婚姻届を出しに来られた・・・訳じゃない?」

「・・・違います」


野波雅人がたちまち照れ臭そうな顔になり、頭をかいた。


「すみません!日曜に役場に来られる人はたいがい、婚姻届の提出なもので」


そーゆーことか。

納得。


でも、もちろん俺はそんなことをしにきたんじゃない。


ところが、俺がここへ来た目的を言おうとする前に、

また野波雅人が「あ!」と、1人で手を打った。


「わかった!あなたが・・・あはは」

「は?」

「す、すみません・・・ははは」


野波雅人は一生懸命手で口元を押さえるが、

笑いを堪えきれないらしい。


「実は昨日、間宮さんから電話を頂いて」


・・・コータから?

おい、なんなんだ、一体。


「『明日辺り、馬鹿で間抜けでどーしようもないヤクザ崩れが行くと思うんでよろしく』って、

言われたんです」


おお、それは間違いなく俺のことだ。

って、おい。


「すみません。ヤクザ崩れだなんて聞いてたので、てっきりもっとそれらしい人が来るのかと、

覚悟してたんです。全然普通の方なんですね。驚きました」


驚いた、と言いつつ、ホッとした様子の野波雅人。

この人は「花」のことも「有」のことも知っているはずだ。

つまり、俺が誰で、ここに何をしに来たのかも分かっている、ってことだ。


野波雅人は少し家を振り返って言った。


「ここは、元々野波家・・・つまり、僕の家だったんですけど、

村役場として改築したんです。僕は他に家を借りて出て行こうと思ったんですけど、

使わない部屋が結構あったんで、今もここに住んでいます」

「はあ」

「僕と妻と子供と、僕の母と一緒に。それと、」


野波雅人が一拍おく。


「花も」

「!」


俺は野波雅人の顔を見た。

にこやかな表情だ。


俺と有のことをどこまで知っているのかはわからないが、

とりあえず追い返される心配はなさそうだ。


ただ・・・野波雅人は、ここに自分の母親も住んでいると言った。

野波雅人と有は腹違いの兄妹だから、野波雅人の母親は有の母親ではない。

野波雅人の母親から見て、有は面白くない存在だろう。

一緒に住んでいて、大丈夫なのだろうか。


俺の心配をよそに、野波雅人は続けた。


「花は昔、野波家で小間使いとして働いていましたけど、

今は花も他の小間使い達も、役場で働いてもらっています。

今日は日曜で役場は休みなんですが、彼女たちはボランティアで観光案内所に行っています」

「観光案内所?」

「はい。このメイン通りを真っ直ぐ行けば、右手にあります。ここから10分くらいですよ」


野波雅人はそれだけ言うと、「では」と言って家の中に戻ってしまった。

俺に何を訊ねるでもなく。


実は、野波雅人に俺自身のことをあれこれ聞かれたら、

なんと答えていいものかと困っていた。

有の兄である以上、余り赤裸々に告白するのも気が引けるし、

隠し事をしたり、ましてや嘘をつくのもはばかられる。


だから野波雅人が、

俺の訊ねたいことだけを教えて去ってくれて、助かった。

敢えてそうしてくれたのだろう。



俺は心の中で感謝しながら、野波雅人が教えてくれた観光案内所に向かった。


いよいよ、有に会えるんだ。

4年ぶり・・・いや、正確には3年半ぶりか。

こんな村だから、有が急に垢抜けてる、なんてことはないだろうけど、

女が一番変化する歳でもある。

一目で有と分かるだろうか?

有は俺だと分かってくれるだろうか?


俺の足は、

胸の高鳴りと一緒に早くなったり、

不安と共に遅くなったりした。




観光案内所はすぐにわかった。

とはいえ、岡部村は温泉がメインの村で、特に観光名所らしき場所は無い。

だから、観光案内所と言っても、それはむしろ・・・


「市場?」


俺は思わず苦笑した。

「観光案内所」と書かれた建物の前には、

所狭しとブルーシートがひかれていて、野菜やら手作りの食べ物なんかが売られている。

観光客だけでなく、普通に買い物に来ている地元の人なんかも結構いるみたいだ。


俺はそこで有より早く、意外な顔を見つけた。

いや、意外じゃないか。当然か?


「あんれ。温泉卵の兄ちゃんじゃないか」

「温泉卵のばあちゃん!」


そう。

シートの一角に座っているのは、紛れもなくさっき俺に温泉卵を食わしてくれたばあさんだ。

その前には野菜と温泉卵がずらっと並べられている。


俺は、おばあさんの前にかがみこんだ。


「さっきはどうも」

「いやいや。村長さんには会えたかい?」

「はい。ありがとうございました」

「そうか、そうか。腹減ってるか?」


話が飛ぶ飛ぶ。

お年寄りらしい。


俺はまた苦笑いしながら「いいえ」と言おうとしたが・・・

そう言えば、腹が減った。

もう夕方だというのに、朝からろくな物を食ってない。

食った物と言えば、さっきの温泉卵一個と・・・


「砂糖くらいか」

「なんだって?」

「いや、こっちの話です。じゃあ、何か買おうかな」

「ほれ、これ食え」


またまた俺の話は無視して、ばあさんはトマトを差し出した。

俺はありがたく頂戴する。


「これも、うまいなー」

「な?漬物もあるぞ」


こっちも遠慮なく頂く。


「おお!塩加減が絶妙!」


塩、万歳。

砂糖なんて大嫌いだ。


「白飯が食いたくなりますね」

「握り飯ならあるけど食うか?」

「はい!」


ばあさんも一緒に漬物とおにぎりを頬張る。

軽くピクニック気分だ。

桜も咲いてるし、花見かな?


「あ、お金は後で払いますね」

「いらねー、いらねー」


笑顔で手を振るおばあさん。

そんなんで、商売になるのかと心配になったが、

この村ではそういうのもありだろうと、お言葉に甘えることにした。


ほんと、のどかな所だ。

有はここで生まれ育ったんだ。


そんなことを考えていた時、

突然後ろから、俺の名前を呼ぶ懐かしい声がした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ