第4部 第6話
ユウさんと蓮に見送られ、俺は岩城家を後にした。
蓮は、やることなすこと全てが面白い。
いや、普通の子供がやるようなことをやってるだけなんだけど、
いかんせん顔が組長なだけに、笑える。
ショートケーキが消えたことに半泣きになりながらチーズケーキを頬張る様は、
もう笑えすぎて涙が出てきた。
そのくせ、途中でお隣のガールフレンドが遊びにやって来ると、
「俺、ケーキなんて食わねーし」とかかっこつけて、その女の子にチーズケーキの残りをあげていた。
更にユウさんが「それだけじゃ、足りないでしょ?」と隠していたショートケーキを、
女の子にあげた時の蓮の顔といったら・・・
いやー。
蓮が廣野家にいなくて本当に良かった。
いたら、組員全員におもちゃにされていたことだろう。
俺はなんだか温かい気持ちになり、新幹線に乗った。
これで、東京での宿題は全て終わった。
ちょっと残してきたが、「コウちゃん」ならなんとかしてくれるだろう。
後は、岡部村に向かうだけだ。
今のところ東京に戻るつもりはない。
でも、だからと言って岡部村に住もうと思っている訳でもない。
有が確実にいるとは限らないし、
いたとしても俺を快く受け入れてくれるかどうか、わからない。
自惚れかもしれないが、4年前、有は少しは俺のことを好きだったと思う。
本城先生に、俺と本当に付き合っている、と言った時の有の目は嘘じゃなかった。
だから本城先生も信じてくれた。
あれから4年もたってるし、有は俺のことなんてもう忘れてるかもしれない・・・
いや、さすがに忘れてはないだろうが、もうなんとも思ってないだろう。
それでも一目会いたい。
だから俺は岡部村に行く。
それからのことは、また後でゆっくり考えよう。
時間はいくらでもある。
もしかしたら、もう一度東京に戻ることになったりするんだろうか?
なんだかんだ言って、26年間住んでた所だ。
行くところがなければ、東京に戻るのが自然かも知れない。
もしそうなったら、取り合えずはホテルか友達の家にでも住むんだろうな。
友達って、誰だ?
コータか?
俺も成長しないな。
実家や廣野組には戻る気はないけど、
コータに頼ってるようじゃ、意味がない。
コータか・・・
色々あったな。
コータと初めて会ったのは、小学校の入学式だ。
俺達は、とにかく何もかもが合わなかった。
俺は優等生のコータをいつも目の敵にしていたし、
コータもコータで、俺とは敢えて接触しようとはしなかった。
そして三角関係やユウさんの事件で、俺達の間の溝は決定的なものになった。
でも、実は組長や先代に頭を下げて、俺を助けてくれたんだよな。
そして、大学1年の時に俺を拾ってからは、
廣野組の先輩として俺にあれこれ世話を焼いてくれた。
コータ曰く、
「廣野組に入ったってことは、それまでの自分を全て捨てたってことだ。
だからお前は、『村山』じゃなくて『健次郎』だ」
だそうだ。
だから、コータはそれまで俺を「村山」と呼んでいたが、
廣野組に入って以来ずっと、「健次郎」と呼んでいる。
つくづく変わった奴だ。
変わった奴と言えば、コータの兄である本城先生も呆れるくらい変わってる。
学校では「本田有は実家の都合により自主退学した」ということで処理したが、
本城先生には有の正体を説明しない訳にいかなかった。
そして、迷ったのだが、さすがに本城先生に、
「組長が有を殺した」とは言えず、「死んだことになってるが実は生きていて、姿を消した」と、
正直に説明した。
でも、有を危ない目にあわせたことには変わりない。
俺は、本城先生に怒られるか軽蔑されるか、を、覚悟していた。
ところが、俺の話を聞いた本城先生は、いつも通り穏やかに「そうですか」と言って、
理事長室を出て行った。
正直、ホッとしたのだが・・・
ん?理事長室を出て、どこに行ったんだろう?
教室か?職員室か?
・・・まさか!
その日の廣野家は凄かった。
とにかく凄かった。
どれくらい凄かったかと言うと、
コータが「俺、家に帰る」と言って逃げ出したくらい、凄かった。
俺は、
組長に本気で食ってかかる人間も、
組長が本気で怒って怒鳴っているのも、
初めて見た。
実は有が組長に連れて行かれた時に俺が「有を助ける最後の手段」と思っていたのは、
本城先生に組長と掛け合ってもらうことだった。
だけどそうしなくてよかった。
もしそうしていたら、とんでもないことになっていたかもしれない。
大勢の組員が唖然として見守る中、2人の怒鳴り合いは1時間以上続き、
結局、本城先生が「あー!怒りが収まんねー!一発殴らせろ!!」と言って、
有無を言わせず組長を一発殴って(あ、ありえん)終了となった。
組長は「俺は命を狙われたんだぞ」とブツブツ言ってたけど、
本城先生からすれば、自分の教え子を銃で撃たれたのだから、
お怒りはごもっともなのだが・・・
それでも、やっぱり元はといえば有が悪いんだし、
ヤクザの組長相手にそこまでキレられるか、普通?
根っからの教師というか、
恐いもの知らずというか、
本当に変わった人だ。
でも、更に驚いたことに、
その後2人は、まるで何事も無かったかのように酒を飲み交わしていた。
・・・まあ、この2人はこーゆー感じで続いていくのかもしれない。
そう言えば、コータから面白い話を聞いたことがある。
何年か前、俺は本城先生に、
「組長が婚約破棄した時、
本城先生は組長になんて言ったんですか?組長、随分落ち込んでたらしいですよ」
と興味本位で訊ねたら、
「あれ?そんなひどいこと言ったかなー?忘れたなー。
でも一度くらい、その女の人に会ってみたかったですね」と返された。
本当に忘れたのか、忘れた振りをしているのかは分からないが、
組長が本城先生に婚約者を紹介したことがないというのは不思議だった。
そこで、コータにその話をしたら・・・
「あー。それは統矢さんが、わざと兄ちゃんには紹介しなかったんだよ」
「なんで?」
「『ユウが真弥に惚れたら困るから』、だって」
「・・・」
確かに、本城先生ほどかっこよければそういうことがあってもおかしくないかもしれないが。
あの組長がそんな心配をしてたのかと思うと、笑わずにはいられない。
そんな懐かしいことを思い出して、一人でニヤニヤしているうちに、
新幹線の速度が落ちてきた。
俺はバッグを持ち、急いでホームへと降りた。




