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第4部 第5話

「はい、どーぞ」

「・・・恐れ入ります」


本当に恐れいった。


砂糖一袋の「鬼は外、福は内」をやり切ったユウさんは、

何に満足したのか、俺を家に入れてくれて、コーヒーまで出してくれた。


・・・組長。

女の趣味、悪過ぎないか。


「ブラックのままでいい?砂糖、切らしてるから」

「・・・ですよね」


口の中にまで砂糖が入ったから、ブラックコーヒーがイイ感じに甘い。

って、全身、すげーベトベトする・・・



ユウさんには、10年くらい前に1度会っただけだけど、

見た目は全然変わってない。

愛さんとは別の意味で年を取らない人だ。

「別の意味」ってのは、要するに、ガキっぽいってことで・・・


「なんか言った?村山の健ちゃん」

「・・・いえ」


俺のこと、「村山の健ちゃん」なんて呼んでたのか。

確かに、俺のお袋が学校に呼ばれた時「健ちゃん、健ちゃん」って騒いでたもんな。

それにしても恥ずかしい。


「で、健ちゃん。何しに来たの?」

「・・・あ!」


俺は、コーヒーカップを置き、慌てて正座した。

のんきにコーヒーなんか飲んでる場合じゃない!


「俺、ユウさんにどうしても謝りたくて」

「謝る?何を?」

「・・・10年前のことです」


さすがにユウさんも、今度はすぐに分かったらしく、

眉をひそめた。


「ああ・・・あのことね」

「はい。・・・本当にすみませんでした」

「そうよ!」


ユウさんが鼻の穴を膨らませて、ない胸を張る。


・・・顔も体型も仕草も、ジャージっつー服装も、全てが本当に子供みたいな人だ。


有も子供っぽかったが、このユウさんは、子供ってゆーか・・・

小学生の男子?って感じだな。


「コウちゃんはね!理由もなく人を殴ったりするような子じゃないんだから!」

「は?」

「あんたが、女子生徒に迫ったりするから、その子を助けるために殴っただけでしょ!」


そっちか。

俺が謝りたいのは、そのことじゃないんだけどな。

っつーか、コウちゃんって誰だ。

コータのことか。

笑えるな。


ユウさんを遮って話を本筋に戻したかったが、

とにかくユウさんの「コウちゃんはいい子なんだから!」話が延々と続き、

もはや何が本題なのかわからなかくなってきた。


「だから!コウちゃんは悪くないの!」

「はあ。そうっすね」

「で、健ちゃん。何しに来たんだっけ?」

「あー・・・あの、俺のせいで、ユウさんが男たちに襲われたことを謝りに来たんですけど・・・」


ユウさんは首を傾げた。


「あー。そういえば、そんなこともあったわね。忘れてた」


忘れてたのか。


「ま、過去のことは水に流そうよ」


それは俺のセリフじゃないだろうか。


だけど、流す訳にはいかない。

(これがユウさんのセリフだと思うが)



「とにかく!すみませんでした!」


俺はガバッと頭を下げた。

ユウさんが気にしてまいと忘れてようと、関係ない。

ちゃんと謝らないと、俺の気がすまない!


ところが。

俺が顔を上げるより先に、俺の後ろの扉・・・じゃない、障子がガラッと開いた。


「母さーん・・・おはよー・・・腹減った」

れん、もう10時よ!日曜だからって寝すぎ!」

「母さんが昨日、夜遅くまで1人で騒いでたから、寝れなかったんだよ」


1人で騒いでたって、何してたんだ。

まあユウさんなら何やってても不思議じゃないが。


・・・って、「蓮」?

それって、まさか・・・


俺は顔を上げると、恐る恐る振り返った。

そして、慌ててまた顔を前に戻し、俯く。


・・・ダメだ。

堪えろ。

堪えるんだ。


「お客さん?」


「蓮」と呼ばれた男の子が、まだ寝ぼけているような声でユウさんに訊ねる。


「そうよ。健ちゃんって言うの。蓮、挨拶しなさい」

「こんちはー、健ちゃん」

「・・・こんにちは」


俺は何とか笑顔を作り、再び「蓮」に振り返った。

そう、頑張って笑顔を作った。

頑張らないと、笑顔にならない。

頑張らないと・・・大爆笑になってしまいそうだ。


だって!

なんだ、このガキは!

組長そのまんまじゃねーか!


身長はもちろん小さいし、顔立ちも子供っぽいけど、

とにかく組長と瓜二つだ!!


うわー!ウルトラマンのパジャマなんか着るんじゃねー!


「健ちゃん」

「な、なにかな?」


俺は顔を引きつらせながら、聞いた。


「ケーキは?」

「・・・」


こいつは間違いなく美優の兄貴だ。


でも、こんなこともあろうかと、ケーキを買って来てよかった。

美優に感謝だ。

このケーキには、土産以外の意味もあるのだが、

まあそれは黙っていよう。


「あるよ。はい、どうぞ」

「やったー!」

「あら、ありがとう、健ちゃん」


ユウさんが早速、俺が差し出したケーキの箱を開く。


「あ!私、ショートケーキ!」

「ダメ!それ、俺!」

「蓮はチーズケーキにしなさい」

「いやだー!」


・・・。

ま、まあ、幸せそう、だな。


うん・・・よかった。



「顔洗ってらっしゃい」と言って蓮を洗面所に追いやり、

その隙にショートケーキを隠すユウさん(せこい・・・)に、

俺は言った。


「実は俺、高校出た後、組長に拾われて廣野組に入ったんです。昨日、やめましたけど」

「・・・」


とたんにユウさんの顔から表情が消える。

でもそれは、廣野組のことなんて聞きたくもない、というより、

聞きたいことがたくさんあるけど、それを隠している、という風に見えた。


だから俺は、

おそらくユウさんが一番聞きたいであろうことと、

俺が一番言いたいことだけ言うことにした。


「コータは元気です。組長も」

「そう・・・そっか」


ユウさんが、ホッとしたような笑顔になる。


でも、もう一つあるんだ。


「それと・・・組長もコータもみんな、ユウさんと蓮君が帰ってくるのを待ってますよ」

「・・・まさか。コウちゃんはともかく、統矢さんはそんなことないでしょ」


ユウさんが、少し目を下に向ける。


愛さんだってユウさんの居場所を知っていたんだ。

組長が知らない訳がない。

それでいて、ユウさんを迎えにいかないのは、

きっと組長は「待っている」からだ。


ユウさんが、本当に戻りたいと思って戻ってくるのを待っているんだ。


「ユウさん、組長に女はいません。あれ以来一度も」

「・・・」

「ユウさんと蓮君がいつ戻ってきてもいいように、組長は1人で待ってるんです」


今思えば、

これほどユウさんのことを好きな組長が、愛さんと浮気したなんて不思議だ。

何か事情があったのかもしれない。

きっとそれを、ユウさんも知らないんだ。


ユウさんは、まだ怒ってるんだろうか。

まだ傷ついているんだろうか。

もう戻る気はないんだろうか。


答えは「NO」だと思う。


なんでかって?


昔、コータが言っていた。

組長は、髪の長い女が好きなんだ、と。


10年前のユウさんは、髪が短かった。

でも今は・・・



「ユウさんが戻りたくなったら、いつでも戻ってください」

「・・・うん・・・でも・・・」


ユウさんは少し悩んでから、気を取り直したかのように顔をパッとあげた。


「ま、統矢さんが『悪かった』って頭を下げにきたら、考えてやってもいいかな!」

「うーん。組長はそんなこと、しなさそうですねー」

「だよねー」


明るく笑うユウさん。

その髪が揺れる。


小柄なユウさんにしては、ちょっと不自然なくらいに長い髪が。






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