第3部 第6話
「・・・コータ」
「ん?」
「お前、どーゆー記憶力してるんだ」
「うっせー」
2年半以上も前に一度見ただけの写真の女を覚えてるとは。
本城先生は教師なのに、人の顔と名前を覚えるのが苦手らしい。
それなのに、なんで弟のコータが、そんなすぐに人の顔を覚えられるんだ。
ヤクザにそんな能力必要ないだろ。
兄貴に譲ってやれ。
「何言ってる。ヤクザは人の顔覚える力がないとやってけねーぞ?
ちょっとでも怪しい奴の顔は忘れないようにしないと、いつどこで刺されるかわからないからな」
まあ、確かに。
今回もコータのその能力のお陰で、組長は助かったわけだ。
そして、もしかしたら俺も助かったのかもしれない。
有は、必要なら俺も殺していたかもしれないから。
・・・そんなことはない、と信じたいが。
「でも、さすがにちょっと自信なかった。だから、岡部村に行って、確かめてきたんだ」
「え?」
「本田有の写真も隠し撮りして、持って行った。村長に見てもらったら、間違いなく妹だってさ」
そうか!あの温泉饅頭!
篤志が松尾組の奴に切りかかられた日、
コータは温泉旅行に行ってきたと言って、組員に饅頭を配った。
どっかで食ったことある味だと思ったら、あれ、岡部村の温泉饅頭じゃないか!
なんか変わった作り方をしてるとかで、味に特徴があるんだ。
そうだった・・・なんで、あれ食ったときに気付かなかったんだ、俺。
「お前がバカだからだろ」
「・・・」
反論のしようもない。
コータはニッと笑ったが、また真面目な顔に戻って続けた。
「もちろん、岡部村の村長の妹が、たまたま俺達の前に現れてもおかしくはない。
でも、名前も変えて年も誤魔化してた」
「年も?」
なんだ、やっぱりもっと子供だったのか。
あれはせいぜい、14歳くらいの身体だ。
「ああ。本当は今、18か19らしい」
「・・・そっちか」
「は?」
「いや。それで?」
「名前や年を隠すのはおかしいだろ?
それに学校にある本田有の履歴書も、詳しく調べたら出鱈目だった。
で、こっからは、廣野組暦9年の俺の勘だが、本田有は松尾と繋がってると思ったんだ」
「どうしてだ?」
「最近、松尾のところは派手な動きをしていた。武器を集めたり、篤志を襲ったり・・・
普通、本気で敵組を潰そうと思ってるなら、もっと水面下でコソコソやるはずだ。
それをまるで『俺達、今から攻めにいくぞ!』って宣言するみたいなことやるなんて、
おかしいと思わないか?」
「・・・そうだな」
言われれば、確かにおかしい。
でもそんなこと、全然考えなかった。
多分、廣野組の他の連中もそうだろう。
下手したら組長もかもしれない。
やっぱりコータはブレインだ。
「あれはきっと、他に何かやろうとしていて、それを隠すためのパフォーマンスだと思った。
そしてちょうど同じ時期に、野波雅人の妹らしき人物が別人として現れ、お前に近づいた。
しかも、最初は身体と金の関係だったのに、ちゃっかり本物の恋人にまでなって」
「・・・」
「下手すりゃ、お前は本田有の言いなりだ。だからお前にも詳しいことは話せなかった」
そうだったのか・・・。
って、俺、やっぱり情けねぇ。
それでも有を恨めないんだから、本当に救い難い。
「そっからはまあ、あの手この手を尽くして、松尾の近辺を洗ったんだ。
そしたら案の定、本田有と繋がってることが分かった。それで昨日の出来事、となったわけだ」
昨日の出来事・・・
そうだ。
組長は有に何をしたんだろう?
下着の中に隠されたナイフを見つけたってことは・・・
いや。もういい。
考えるのはよそう。
いくら考えたところで、有は戻ってこない。
俺は深呼吸した。
「すっきりしたか?」
「するわけねーだろ、こんくらいで」
「それもそーだな。退院したら、湯治にでも行こーぜ」
「・・・もう温泉は懲り懲りだ」
俺とコータはそう言って、ゲラゲラ笑った。
と、その時、突然病室の扉が開いて、緊迫感のない声がした。
「おー、健次郎。生きてるみたいだな。死んだかと思ったぞ」
全くこの人は・・・
もう笑うしかない。
元々笑ってたけど、
「肩をちょっと怪我しただけです。こんくらいじゃ死にませんよ、組長」
「『こんくらい』で気絶してるよーじゃ、お前もまだまだだな」
「・・・」
「コータなら、心臓に弾食らっても生きてるぞ、きっと」
コータがムスッとした表情になる。
「いくらなんでも、死にますって」
「そうか?でもお前の兄貴は生きてそうだな」
「あ。そうですね」
そうなのか。
でも、確かにそうだな。
「それより統矢さん、聞いてくださいよ。やっぱり健次郎はバカです」
「知ってる」
・・・。
「本田有が、岡部村の村長の妹だって、全然気付いてませんでした」
「ふーん、やっぱりな。毎日ベッドの中で顔見てたくせに、な」
・・・。
「でも、一応怪しいとは思ってたみたいですよ」
・・・え?
「だから、本田有に惚れた振りして、本田有を近くで監視してたみたいです」
スラスラとしゃべるコータ。
何、言ってるんだ?
俺、何にも気付いてなかったぞ?
「そうなのか」
「はい。だから昨日も、素直に本田有を統矢さんに渡したんですよ」
「そーゆーことか。でも、そうだな。本当に惚れてたら、あっさり俺に渡したりしないよな」
「そうですよ。そんな男として最低なこと、いくら健次郎でもする訳ないじゃないですか」
コータは、ニンマリと笑って俺を見た。
「な?健次郎」
コイツ・・・!!!!
俺は顔を引きつらせながら、なんとか頷いた。