第3部 第5話
目を開くと、白い天井が見えた。
窓から光が差し込んできている。
どうやら、朝らしい。
「目ぇ、覚めたか?」
俺は首を回し、その声の主を確認した。
いや、するまでもない。
声でわかる。
「・・・コータ」
「ああ」
俺のすぐ横で、椅子に腰掛けたコータがホッとしたように微笑んだ。
服のあちこちに血がついている。
「ここは?」
「病院」
俺はもう一度首を動かして部屋全体を見回した。
俺が寝ているのはベッドのようだ。
テーブルやソファ、テレビもある。
どうやら廣野組なじみの病院の個室・・・それも特別室らしい。
・・・廣野組・・・
そうだ!
「有は!?」
俺は思わず起き上がり、肩の激痛に顔をしかめた。
でも、それどころじゃない!
有は組長に撃たれたんだ!
コータは肩をすくめた。
「健次郎。統矢さんの銃の腕は知ってるだろ?」
「・・・」
知ってるも何も。
さっきも目の前で、有の持つ銃を吹っ飛ばすのを見たんだ。
あんなの、ちょっとやそっとの腕前でできることじゃない。
しかもあの至近距離。
組長がしくじるはずがない。
「・・・そっか」
俺はベッドに横たわった。
有は死んだんだ。
もう、いないんだ。
そりゃそうさ。
当然だ。
廣野組の組長を殺そうとしたんだもんな。
無事な方がおかしい。
わかってる。
わかってるけど、なんでこんな息苦しいんだ。
肩の怪我のせいか?
じゃあ、なんでこんなに喉の奥がしょっぱいんだ。
「・・・」
「大丈夫か、健次郎?」
「・・・ああ、痛いけど、弾は身体に入ってないんだろ?すぐ治るさ」
「そうじゃなくて」
「・・・」
俺は、ため息をついた。
油断したら、ため息と一緒に涙が出てきそうだ。
有は組長を殺そうとしたんだぞ?
それなのに、この期に及んで・・・
情けない。
「コータ・・・有は何者だったんだ?本当に松尾組の人間だったのか?」
「ああ。正確には、統矢さんを殺すために、松尾組に雇われた人間だ」
「殺すために雇われた?なんだそりゃ。有は殺し屋なのかよ?」
わざと冗談めかして言ってみたが、状況が状況だけに、笑えない。
「違う、殺し屋じゃない。本田有は普通の女だけど、たまたま松尾が拾って、仕込んだらしい」
「組長」って人種は、拾い物が好きらしい。
俺は廣野組の組長に拾われた。
有は松尾組の組長に拾われた。
もし、同じ組長に拾われていたなら、俺と有は今頃どうしていたんだろう。
・・・何、今更そんなこと考えてるんだ。
「・・・じゃあ、有が俺に近づいたのは、組長を殺すためだったのか?」
そう思いたくない。でも。
「そうだ」
コータは躊躇うことなく頷いた。
否定したって仕様がないもんな。
「多分最初は統矢さん自身の女になろうとして、綾瀬学園に生徒として潜り込んだんだろう。
でも、統矢さんは女に興味がない。だから新しく理事長になったお前に近づいたんだ」
「・・・」
「お前が街で本田有と知り合ってホテルへ行ったのも偶然じゃないんだろう」
「・・・」
「鈍いなー、お前。お前なんかが、そう簡単に女に誘われるかよ。気付けって」
心底呆れたような声を出すコータに、俺は思わず笑った。
「で、お前が理事長に就任して、本田有の計画通りドラマチックに再会した訳だが、
本田有が思ってたほどお前は学校に来なかった。なかなか思い通りに接触できない。
そこで、あの騒ぎをわざと起こしたんだ」
「あの騒ぎ?」
「男とホテルに行って、金を持ち逃げしようとしたことあったろ?」
「・・・ああ」
コータが弁護士として本城先生に呼ばれ、
脅し半分で男たちを引き下がらせた時のことだな。
「あの騒ぎで、お前と本田有の関係が復活した。後は、本田有はずっと、
統矢さんと接触できる機会を狙ってたんだ」
「じゃあ、今日・・・もう昨日か、組長が有を呼んだのは・・・」
「本田有が本当に松尾組の人間か確かめるためだ。
本田有は、自分が統矢さんの目にとまったのかもしれない、と思っただろうな。
絶好のチャンスとばかりに、下着にナイフを忍び込ませてた訳だ」
「・・・」
なるほど。
有の目的は分かった。
確かに、有には不思議なとこがたくさんあった。
金が必要でもないのに、売りをやったり、
俺がヤクザだと知っても驚かなかったり。
有は最初から全て知っていたんだ。
ショックを受けたいところだけど、現実味がなさすぎる。
有が松尾組の人間だということも、
組長を殺そうとしてたということも、
そのために俺を利用していたということも、
・・・有が死んだということも。
それに、まだ謎はある。
「コータはいつ、気付いたんだ?」
「初めて本田有に会った時・・・兄ちゃんに学校に呼ばれて男たちを追っ払った時、
本田有を一目見て、どこかで見たことがある女だと思ったんだ」
「え?」
そう言えばあの時、コータはやたら有のことを見つめていた。
俺は、コータが有を気に入ったのかと思ってたけど・・・
「健次郎、覚えてるか?大学2年の終わりに、俺とお前と大成で、温泉旅行に行っただろ?」
「ああ、行ったな」
「そーいや、あの時、愛に『ヤクザ友達と温泉旅行なんて、絶対エッチな旅館に泊まる気でしょ!?』、
とか散々疑われたんだったなー。たく、あん時は弁解するのに苦労したんだぜ?」
お前が俺と大成を無理矢理引っ張って行ったんだろーが。
「それはともかく。あの時行ったのが、岡部村って温泉街だ」
覚えてる。
村自体は古いらしいが、温泉街になったのは最近で、
ここ数年「東京に近い懐かしの温泉街」としてちょっと話題だ。
でもコータは岡部村が流行り出す前から目をつけていて、
早々に俺達を連れて旅行に行った。
お陰で、村にはまだあまり観光客がおらず、俺達は手厚くもてなして貰えた。
「村長とその奥さんが若くて、俺達と同い年だったろ?で、気が合って、夜5人で居酒屋で飲んだ」
「そうだったな」
「その時、村長が・・・野波雅人って名前だったな、そいつが、
妹の話をしてくれただろ?」
「妹?」
そこまでは覚えてない。
「妹が旅に出ていて、いつ帰ってくるかわからないけど、無事を祈って待ってるんだって。
俺達に写真も見せてくれた」
「・・・」
俺は必死に記憶を辿った。
そんなこと、あったような、なかったような。
でも、そういえば、何か女の写真を見た気はする。
「・・・まさか」
目を見開く俺に、
コータはゆっくり頷いた。
「本田有を見た時、すぐにわかった。あいつは、野波雅人の妹だ」




