第3部 第2話
鉄の門が軋んだ音をたてながら閉じ、
その向こうに組長と有の姿が消えた。
組長は有の腕を強引に引っ張ったりはしなかった。
そして有は、顔こそ強張らせていたが、逆らうことなく組長について行った。
門が完全に閉じるその少し前、有は俺を振り返った。
でも俺は、有が何を思っているのかその表情から読み取ることはできなかった。
門が閉じられると、辺りは静寂に包まれた。
人がいない訳じゃない。
大成たち門番10人と、俺と・・・
さっき組長と一緒に出てきた組員の1人が残っている。
俺より4歳上の、庄治さんという人だ。
この人も、俺と同じく組長に拾われたクチで、今は組長の護衛役を務めている。
つまり、四六時中、組長の近くにいないといけない人なのだが・・・
庄治さんは成す術なく呆然としている俺に近づいた。
「健次郎。さっきの、お前の女か?」
俺が力なく頷くと、
庄治さんは少し申し訳なさそうに「そっか」と呟いた。
ヤクザの組長が女を家の中に連れて行った。
これがどういうことなのか、考えなくても分かる。
どうして有なんだ?なんて疑問は意味がない。
とにかく、組長が有を家の中に連れて行った。
それが全てを物語っている。
「有って名前なのか?」
「・・・はい」
しばらくして庄治さんが俺に訊ねた。
そういえばさっき、庄治さんも驚いた顔をしていた。
「有が何か?」
「いや・・・組長の別れた婚約者も『ユウ』って名前だったから。
それを知ってる連中は、さっきお前が『有』っつったの聞いてビックリしたんだ」
「!!!」
一気に記憶が蘇った。
そうだ!
高校生の時・・・コータと喧嘩して、コータの姉貴分が学校に来たとき、
あの女は「ユウ」と名乗っていた。
そうだったんだ・・・
それで、有の名前を初めて聞いた時、どこかで聞いたことのある名前だと思ったんだ・・・
自分がどうやって家まで帰ってきたのかわからないが、
気付いたら俺は自分の部屋のベッドの上に腰掛けていた。
俺の頭の中は、2人の「ゆう」のことでいっぱいだった。
2人が同じ名前なのは全くの偶然だろう。
ユウさんとは一度しか会ってないから、記憶は定かではないけれど、
有とは似ても似つかない。
年だって違う。
でも・・・そう言えば、ユウさんもちっこくて、細くって、色気なかったな。
コータの姉貴にしては地味だ、と思ったものだ。
まあ、コータとは血が繋がっていなかった訳だが。
・・・もしかしたら。
組長はああいう女が好みなのかもしれない。
色気のない、子供みたいな女・・・
たまたま近くに、別れた婚約者のような女が現れた。
しかも、ユウさんと同じ名前。
組長が興味を持つのも頷ける。
頭ではわかってる。
組長が好みの女を見つけて興味を示した。
その女が誰の女だろうと・・・例え、組員の女だろうと、そんなこと組長には関係ない。
組長は、欲しい女を手に入れるだけの金も力も持っている。
そして、組員である俺は、組長には絶対逆らえない。
そう、頭ではわかってる。
だけど・・・!
なんで有なんだ!?
有みたいな女、いくらでもいるだろ!?
なんで俺の女である有なんだ!?
俺は両手で頭を抱えた。
どうしたらいい?
組長に楯突いて、有を助けに行くか?
でも、そもそもそんなこと、可能なのか?
それに・・・
時計の針は、あれから既に1時間も進んでいる。
今更、助けに行ったところで遅いだろう。
なんで・・・どうして、こんなことに・・・
そんなにユウさんみたいな女がいいなら、
なんでユウさんを手放したんだよ!
なんで愛人なんか作ったんだよ!
俺はハッとして顔を上げた。
そうか、ユウさん・・・
俺は昔、俺のせいでユウさんを酷い目にあわせてしまった。
じゃあ、これは仕返しなのか?
組長から俺への復讐なのか?
昔、俺がユウさんにしたことと同じことを、有にしようとしてるのか?
俺は、車のキーを手に家を飛び出した。
何も考えられなかった。
とにかく、有のところへ行きたかった。
とにかく、有を助けたかった。
昔組長も、男達にさらわれたユウさんをこんな気持ちで探したのかもしれない。
俺なんかに有を奪い返す権利はないのかもしれない。
でも、どんな手段を使ってでも、有を取り返したい。
俺は、ポケットの中の携帯を触った。
最後の手段は、ある。
本当に最後の、本当に卑怯な手段だ。
だけど、多分俺はそれも平気で使うだろう。
覚悟を決めて、廣野家の門の前に車を停めた。
そこには、さっきと同じく10人の門番と・・・
コータの姿があった。