第2部 第9話
有が頭を乗せている枕の上に一万円札を数枚置いたとたん、
有の眉が顔の中心に寄った。
「いらないって言ったじゃないですか」
ディズニーランドの後にコータの家へ行ったあの日以来、
俺と有の関係は劇的に変わった。
でも、やることは変わらない。
有は何も欲しがらないし、どこかに行きたがる訳でもないから、
一緒に出掛けることはない。
だからこうしてベッドの中にいることがほとんどだ。
だけど変わったこともある。
それは言うまでもなく、金だ。
もう有に金を渡す必要はない。
必要はないけど、有は金を欲しがっていて俺は金を持っている。
だから渡しているだけだ。
それに同じ渡すにしても、前は俺と寝ることに対する報酬としての金だった。
でも今は、ただのプレゼントだ。
渡しても渡さなくてもいい金だ。
今の金は、凄く綺麗に見える。
俺と有は、理事長と生徒だから、
ただ好き合って付き合うにしても褒められた関係ではないけれど、
最初が最初だっただけに、今は何の後ろめたさも感じない。
むしろ、堂々と「有は俺の恋人だ」って言いふらしたいくらいだ。
「金がないからって、変なことして欲しくないし」
「・・・理事長先生がそれを言うんですか?もう、しませんよ」
「ほんとかよ。怪しいなあ。まあとにかく、その金はやるよ」
「いりません」
頑固にも、有は俺に金をつき返すと、床に散らばった服を拾い始めた。
「シャワー、浴びるか?」
「はい」
「じゃあ、タオル出すからちょっと待ってろ」
俺はクローゼットを開けた。
そう。あの日以来、もう一つ変わったことがある。
ここはホテルじゃない。
俺の部屋だ。
前は有を自分の部屋に連れてこようとは思わなかった。
ちゃっちいワンルームのマンションだから連れてきたくなかったし、
有もホテルの方がいいだろうと思ってたからだ。
でも今は、会う時は必ず俺の部屋だ。
有には俺のことを全部知っていて欲しいって気持ちもある。
だけどそれより何より、ホテル代を貯金に回そうという現実的な理由からそうしている。
金を貯めようなんて、生まれてこのかた一度も考えたことのない俺が、
なんで急にそんなことを思いついたのか、自分でもよくわからない。
ただ、将来のことを考えると、やっぱり貯金はあるに越したことはない。
って、なんだ、「将来のこと」って。
まあとにかく、無駄な出費をする必要はないだろう。
有への小遣いは無駄だとは思わないけど。
そういや、欲しい物もない有が、どうして売りなんてしてまで金を稼いでたんだろうか。
もしかして学費に充ててるとか?
それとも故郷に仕送りしてるとか?
もしそんな理由なら、もっとまとまった金を渡してやってもいい。
学費を免除してやることもできる。
・・・俺、いつの間にこんなこと考える人間になったんだ。
「理事長先生もお風呂に入りますか?」
「一緒に入るか?」
「・・・そういう意味じゃありません。入るならお先にどうぞ」
「はいはい」
まあ、いい。
有とこうして一緒にいられるのなら、
金も時間も労力も、惜しくはない。
今はまだ堂々とは付き合えないけど、後1年半もすれば有は綾瀬学園を卒業して、
大学生になる。
いや、別に大学なんて行かなくてもいいじゃないか。
有が綾瀬学園を卒業したら・・・
そんなことを考えるだけで、幸せだった。
俺も単純な男だ。
でも、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。
そう。たった一ヶ月も続かなかったんだ。