第2部 第7話
「あれ、健次郎?」
「おー・・・」
玄関の扉を開けたコータが、驚いた顔をした。
「珍しいな、ってなんでそんな疲れてるんだ」
俺は無言で自分の後ろを見た。
コータも俺の視線を追い、有に気付く。
「あ。・・・ああ、兄ちゃんに見つかったんだな?」
「そーゆーこと」
「だからやめとけって言ったのに。すげー怒られたろ?」
「いや、有のお陰でなんか切り抜けれた」
「ふーん?ま、兄ちゃんの奥さんも、元は兄ちゃんの教え子だもんな。人のことは言えないか」
「げ。そうなのか!?」
「そうそう。在学中から付き合ってたのかどーかは知らないけど」
俺は本城先生の奥さんを思い浮かべた。
あの人が、本城先生の教え子?
ピンとこないな・・・
「それでも兄ちゃんはお前らの関係にいい顔はしないだろうけど。とにかく、2人とも入れよ」
コータの家は、新しいからってのもあるが、掃除が行き届いていてピカピカだ。
家自体も豪華だし、置いてある家具も一目でいい物と分かる。
それでいて全体的に趣味がよく、居心地がいい。
「へー。すげーな」
俺は素直に褒めたが、コータは顔をしかめた。
「当たり前だろ。愛がどんだけこだわったと思ってんだ。女ってのは凄いぞ」
「・・・へー・・・」
愛ってのが、コータの奥さんの名前だ。
「照明がどーだとか、階段の手すりの形がこーだとか・・・たく、そんなのどーでもいいのに」
「・・・」
「家具も、ここのブランドのじゃないとヤダとか言って、譲らないし」
「・・・」
「そのくせ、俺が『仕事用に書斎がいる』って言ったら、そんなの必要ない、とかゆーし」
「・・・。で、今日は愛さんは?」
「エステ」
「・・・」
「自分の掃除する暇があったら、家の掃除しろって感じだよな。俺に押し付けやがって」
「・・・」
コータもなかなか苦労しているようだ。
それでも、文句言いつつも本気で嫌そうじゃないってことは、幸せなんだろう。
リビングに入ると、家の掃除と共に、もう一つコータに押し付けられているモノが、
勢い良く俺にぶつかってきた。
「おじちゃん!こんばんは!」
「おじちゃん、ってゆーな」
「おじちゃん!ケーキ買ってきてくれた?」
愛さんの趣味なのか、フリッフリのワンピースを着たコータの娘が、
無邪気に俺を見上げる。
「・・・かわいい」
ずっと家の凄さに見とれてた有が、ようやく口を開いた。
まあ確かに、思わず「かわいい」と言ってしまうだけはある。
コータと愛さんの娘・美優はまだ4歳ながら、
どこぞのファッション誌のモデルかと思うほど可愛い。
有は、コータと美優の顔を見て、
「なるほど。美形親子だ」と思っているようだが、美優の美貌は母親譲りだ。
つまり、愛さんもすげー美人、ってことだ。
「ケーキはないけどな。ディズニーランドの土産はあるぞ」
「ええ!?おじちゃん、ディズニーランド行ったの!?ずるい!!」
なんで、ずるいんだ。
美優はぷーっと膨れたが、有に気付くと、子供らしく有をガン見した。
「お姉ちゃん、おじちゃんのカノジョ?」
「え・・・あ、うん」
「ふーん。お姉ちゃん、オトコを見る目がないね」
「美優!!!」
ちなみに怒ったのはコータじゃなくて俺だ。
コータは大爆笑してやがる。
はあ。この親にして、この子あり、か。
俺が美優の将来を憂いている間に、
コータが俺と有にコーヒーを出してくれた。
こんなこともやるんだな、コータ。
意外だ。
「やるんだな、じゃない。愛みたいな女と結婚したら、嫌でもできるようになる」
「・・・ふーん・・・」
コータは、ちょっと「素」の顔に戻り、俺と有に訊ねた。
「本田さん、だっけ?本田さんは、『ウチ』のことを知ってるのか?」
有は「理事長先生から少しだけ伺いました」と答えたが、
俺は有に見えないように、小さく首を振った。
コータも俺を見て、小さく頷く。
コータが言った「ウチ」というのを、
有は当然「コータの家」という意味に取っただろうが、
実はこれは「廣野組」という意味だ。
つまりコータは、
「本田有は、俺達が廣野組のヤクザということを知っているのか?」
と、訊ねたのだ。
ちなみに美優も「ウチ」のことは知らない。
コータは、有に話を合わせた。
「そっか、じゃあ改めまして。俺は間宮幸太。弁護士やってる関係で、
この前は綾瀬学園に呼ばれて行ったけど、普段は他のところで仕事してる。よろしくな」
「高等部2年の本田有です。よろしくお願いします。・・・あの、」
「ん?」
「さっき、本城先生がここに来てたみたいですけど・・・」
「ああ。俺の兄貴なんだ」
「え?」
有が驚く。
そりゃまあ驚くだろうが、ちょっと驚き過ぎな気もした。
「・・・そうなんですか。本城先生と間宮さんはご兄弟なんですか」
「うん」
コータも、有の驚き方が気になったのか、
うかがうように有を見た。
が。
またもや、大きな声が場の空気を変えた。
「あの人がパパのお兄ちゃんだなんて、わかんないよねえ?似てないもん!」
「そ、そうね」
「パパ!」
「なんだ、美優」
「パパもお兄ちゃんみたいにイケメンだったらよかったのにね!」
「・・・」
間宮家の女は強い。