第2部 第5話
日曜日のディズニーランド。
これほど人口密度の高い場所は、日本中探してもまずないだろう。
俺は覚悟していたが、
有は初めてというだけあって人の多さに目を丸くしている。
それでも、有が選んだアトラクションの列に並ぶ。
ちなみに待ち時間は45分。
短い方だろう。
俺は、物珍しそうにキョロキョロしている有を見下ろした。
俺の前で有が服を着ているのは、寮とホテルの間の車の中だけだから、
有はいつも簡単な格好をしている。
たいては部屋着のようなワンピース、
たまにカットソーと膝丈ほどのスカート、ってな具合だ。
でも今日はデートらしいデートだからなのか、
それとも普段も友達と出掛ける時はこんな格好なのか、
ワンピースはワンピースだけど、いつものとは全然違う、
可愛らしいハイウエストのワンピースだ。
なんとなく浮世離れしている有も、こんな格好でディズニーランドにいると、
ごく普通の女子高生だ。
相変わらず人の多さに面食らってる有はさておき、
俺は前に並ぶ家族を眺めた。
若い父親と母親、それに小さな男の子だ。
リュックを背負ったその男の子は、ワクワクを隠し切れない表情をしている。
何歳くらいだろう?
5歳くらいかな?
夏の日焼けがまだ残っていて、健康そうだ。
・・・そういえば。
コータから聞いた話だが、組長に男の子が生まれたのは俺達が高校2年の時らしい。
1歳になる前に母親と一緒に廣野家を出て行ったそうだが、今はもう5歳か6歳になるわけだ。
今頃、母親とどこで何をしているんだろうか。
母親と・・・そう、あの女と。
俺は、一度だけ組長の婚約者と会ったことがある。
あれは俺が高校1年の時。
まだ、廣野組のことなんてその存在すら知らない頃だ。
俺は、三角関係の末、コータとちょっとした喧嘩をした。
といっても、俺が女に言い寄ってるところをコータが見つけ、
女を助けるために俺を軽く一発殴っただけだけど。
そしてその時、それぞれの保護者が学校に呼ばれた。
俺の方は当然俺の両親が来たが、コータの方はコータの姉がやって来た。
コータの姉は、激怒する俺のお袋を、「弟は悪くない」と堂々とつっぱねた。
俺としては、どうでもよかった。
それより女に振られたことがショックで、もうそっとしておいて欲しかった。
だけど俺のお袋は黙っていなかった。
なんと、チンピラを雇ってコータの姉を襲わせたのだ。
それを知った時は、さすがに俺も青くなった。
しかも更に衝撃的なことが分かった。
「コータの姉」というのは本当の姉ではなく、「コータの姉貴分」であること、
そして・・・
その「コータの姉貴分」は廣野組というヤクザの組長の女だということ、だ。
俺もお袋も、報復を覚悟して怯えたが、結局そんなものはなかった。
おそらく、自分自身激怒していたコータが、組長をなだめてくれたのだろう。
つまり俺は「組長の女を襲った一味」なのだ。
組長にとっても全廣野組組員にとっても、許しがたい存在のはずだ。
だけど組長は俺を拾った後、「やったのは健次郎のお袋なんだろ」と言って俺を責めなかった。
それどころか、他の組員に俺の正体が分からないようにと、
俺の苗字を隠し、更に住むところも別に与えてくれた。
「悪いと思うなら、さっさと理事長職につけるようになれ」と、俺を大学にも通わせてくれた。
なんで俺なんかにここまでしてくれるんだろう。
そう訊ねた俺に、組長は言った。
「礼ならコータに言え」
「コータに?」
「あん時コータが、『村山家に害を与えないようにして欲しい』と、親父と俺を説得したんだ」
「やっぱり・・・って、え?『親父と俺』?」
「そうだ。あの女は、親父と俺の共有の女だったんだ」
「えっ。じゃ、じゃあ、『組長の女』っていうのは、
組長の・・・『統矢さんの女』って意味じゃなかったんですか!?」
「当時の組長は俺の親父だ。だから正確には『組長と次期組長の女』、だな」
「!!!」
「お前のお袋も、とんでもない女に手を出したもんだな」
「は、はい・・・本当に、すみません」
「だから、そーゆーことはコータに言えって。いかにコータと言えども、
本気で怒ってた親父と俺に『忘れてやってください』と頭を下げたのは大した度胸だったぞ」
「・・・」
そういう訳で、俺は組長にはもちろん、コータにも頭が上がらない。
コータがいなければ、今頃俺は生きてなかったかもしれないからな。
そして当然、今頃こんなのんきにディズニーランドなんかに来れてなかったに違いない。
「理事長先生!」
有が俺の服を引っ張った。
「順番、来ましたよ」
「おー、やっとか」
「ど、どうしましょう・・・」
珍しく慌てた様子の有。
って、慌ててどうする。
俺は苦笑いしながら有の手を引き、
アトラクションの中へ入った。