第2部 第2話
学校から帰る前に、高等部の2年の教室を覗いてみた。
もちろん、授業中の有がどういう感じで「生徒」をやってるのか、
ちょっと興味があったからだ。
俺が学校に来てから3時間くらいたつから、
有も俺の車が駐車場に止まってることに気付いているだろう。
つまり、今夜も会うってことだ。
でもその前に、普通に「生徒」をやってる有を見たかった。
その方が、夜、面白そうじゃないか?
俺って変態、と自分で突っ込みながらも、
いそいそと2年タンポポ組に向かう(この名前だと、どーにもこーにも締まらないが・・・)。
タンポポ組だけ覗くのは、なんかいかにもって感じだから、
カモフラージュのために他のバラ組やユリ組も見てみる。
更に、全く興味はないが、男子クラスの松組と竹組なんかも一応見る。
でも「あー、俺も5年くらい前はあんな感じだったのかな」と思いながら見るとなかなか面白い。
大人ぶって、自分達なりに背伸びしているんだろうけど、
隠し切れない子供っぽさが微笑ましい。
年なんて嫌でも取るんだから、子供のうちは背伸びせずに子供らしくしてるのが一番なのに、
なんて、おっさん臭いことが頭をよぎる。
そして・・・いよいよ、タンポポだ。
気付かれないように、扉の影からそっと中を窺う。
どうやら英語の授業中のようだ。
有は・・・いた!
俺の位置からちょうど見える、教室の真ん中辺りに座ってる。
深い緑のブレザーにチェックのスカート。
普通の生徒にしか見えない。
相変わらずの無表情だが、一応黒板と机の上の教科書を見比べていて、
真面目っぽく見える。
って、いつもの顔と変わらねぇ。
面白くないなあ。
でも、ベッドの中じゃ意外と・・・
「理事長」
「うわあ!」
妄想モードに入ろうとした時、突然後ろから声をかけられて、
俺は文字通り飛び上がって驚いた。
「ど、どうしました?」
「・・・本城先生・・・」
振り向くと、俺に負けず劣らず驚いた顔の本城先生が立っている。
あー、焦った。
まさか俺の頭の中、見られてないだろうな?
本城先生って、コータの兄貴だけあって、そんな人間離れした能力持ってそうだもんな。
俺と有のことは、もちろん本城先生にも誰にも言ってない。
でも本城先生は有の担任だし、なんと言っても「本城先生」だ。
俺と有の間に何かあることは感づいているだろう。
それでいて、俺にも有にも何も言ってこないというのは、
まだ俺達の「関係」がどんなものか確実にはわかっていないのか、
わかってるけど放置してるのか・・・
いや、後者はないだろう。
本城先生なら、俺が理事長なんてことは関係なく、
そんなことはやめろ、と堂々と言いそうだもんな。
組長は堂々と面白がりそうだけど。
とにかく、本状先生の前では特に気をつけないと。
「な、なんですか?本城先生」
「驚かせてすみません。理事長がこっちの方に歩いて行かれるのが見えたので。
実は、初等部の生徒が、」
初等部・・・小学生だな?
まさか、有みたいに売りやろうとした奴がいるとか?
「登校中に派手に転んだらしく、怪我をして病院に行ってるんです」
「?」
え?だから?
本城先生がちょっと声を落とし、俺の様子をうかがうように言った。
「5年の戸山篤志という生徒なんですけど」
「げっ」
「・・・やっぱり、そう、ですよね」
「そう、です」
げげげ。
篤志の野郎!!
戸山篤志というのは、組長が例の「家出人収集」の趣味を活かして拾ってきた子供だ。
つまり、廣野組の組員。
って、篤志、転んだなんて絶対嘘だろ!
どーせ、喧嘩でもやったんだろ!?
「幸太から聞いたことのある名前だったので」
「ありがとうございます」
「いえ、一応理事長にもお話しておこうと思って。保護者には、初等部の教師から連絡してあります」
「・・・保護者?」
それって、まさか。
そう言おうとした瞬間、俺の携帯が震えた。
電話だ。
誰からかかってきたのか見なくてもわかる。
本城先生もわかったらしく、肩をすくめた。
「はい」
「健次郎か」
やっぱり!
「なんか篤志の奴が病院送りになったらしいから、お前迎えに行ってやれ」
俺は、「わかりました」と言って携帯を切り、
本城先生と一緒にため息をついた。
あーあ、今夜は有と会ってる場合じゃないかもしれないな。