第1部 第11話
綾瀬学園の駐車場。
その中でも、一番校舎の出入り口に近い区画は、理事長専用の駐車スペースだ。
だから、そこに車が止まっている、ということは、俺が学校に来ている、ということ。
もちろん仕事で来ている訳だが、
なんとなく、「そこに車が止まってる日は俺と本田有の密会の日」という暗黙の了解ができた。
というのも、あの二日後。
俺はちょっとした用事で、学校へ行った。
用を済ませ、家に戻ろうと駐車場へ行くと、
ちょうど休み時間だった本田有が俺の車の前にいた。
そして俺と一度目を合わせると、何も言わずに校舎の中へ戻って行った。
だけど俺にはわかった。
本田有の目は「今夜、待ってる」と言っていた。
それ以来俺は、学校へ行った日の夜は必ず本田有とあの安っぽいホテルへ行っている。
ホテル代も本田有に渡す金もバカにならない。
それでもやめられない。
「ゴチになります」
「ゴチってやんねー」
俺の「お願い」を、
コータは酒を飲みながらすかさずかわす。
今日は、久々にコータと居酒屋に来ているのだ。
「金、ねーんだよ」
「どーせ女に注ぎ込んでるんだろ」
「正解」
「おい」
ようやくコータはグラスをテーブルに置いた。
「まさか、あの売りやってる女子生徒か?」
「また正解」
「・・・やめとけよ」
コータの声は本気だ。
コータにはわかってるはずだ。
俺が暗に「あの女は俺のだから手を出すなよ」と言っているのが。
それでいてコータは、本田有との関係を「やめろ」と本気で言っている。
俺もグラスを置く。
俺にはコータの真意がわからない。
単に、そんな危ないことは「やめろ」と言っているのか、
やっぱりコータも本田有のことを気に入っているから「やめろ」と言っているのか。
だけどここで本気で言い合うほど、俺もコータも馬鹿じゃない。
俺は肩をすくめて言った。
「飽きたらやめるさ」
「・・・まあ、お前の勝手だけど」
コータは諦めたのか、それ以上本田有の話題をしなかった。
だから俺も、そのことから話を変えた。
「コータ、ここんとこ何してたんだ?見なかったけど」
「廣野組には色々トラブル起こしてくれる困ったチャンが多いから、尻拭いに走り回ってた」
困ったチャンの1人である俺としては、「そうですか」としか言いようがない。
「学校の方はどうだ?なんも問題ないか?」
「ああ。お前の兄貴も頑張ってるよ」
「そっか。・・・兄ちゃん、また女関係でもめたりしてないだろうな?」
「また」ってなんだ「また」って。
「兄ちゃんは昔からモテるからなー。
生徒に告白されたりストーカーされたりなんてしょっちゅうだ」
「・・・」
確かに本城先生はモテる。
結婚してることはみんな知ってるのに、それでも言い寄られまくってるみたいだ。
理事長の俺の耳にも入ってくるくらいだから、よっぽどだろう。
だけど本城先生は、そんな女の猛攻(?)にもめげず、
本当によく頑張ってくれている。
本田有のことでは、ちょっと特別な対応をしてもらったけど、
本城先生は誰にでも公平で、且つ、教育熱心だ。
女子生徒からだけでなく、男子生徒からも教師からも人気がある。
綾瀬学園が、組長の息がかかった学校だとかそんなことは本城先生にとってはどうでもいいらしく、
あくまで普通の教師として授業や生徒指導をしている。
だけど、いざという時は話をわかってくれる本城先生がいる、と思うだけで俺も随分気が楽だ。
贅沢を言えば、もうちょっと年齢が行っていて欲しかった。
そうすれば、もっと権限を与えられたのに。
それもまあ、後数年の話だろうけど。
「コータんとこの娘は今年4歳だっけ?小学生になったら、綾瀬学園に入れるのか?」
何気なく訊ねたら、コータの目が釣り上がった。
「あんなヤクザな学校に通わせられるか!!俺達が通ってた学校に入れるに決まってるだろ!!」
「・・・」
「ったく、当たり前だろ。統矢さんやお前が理事長なんかやってる学校に、絶対通わせねー」
「・・・」
まあ、俺達が通ってた学校も、所詮「俺達が通ってた学校」だから、
普通の学校とは言いかねるが、確かに綾瀬学園よりはマシだろう。
理事長の俺が言うのもなんだが、
俺もいつか娘ができたら、綾瀬学園には「絶対通わせねー」。
・・・娘か。
そんなもんが俺にできる日は来るんだろうか。
このままヤクザやって、理事長やって、本田有と関係続けて・・・
もちろん、廣野組に入った時点で自分が普通の家庭を持つことは諦めたし、
持ちたいとも思わない。
かつては俺と同じ考え方だったコータが、
今こうして普通に結婚して普通に娘がいるのを目の当たりにしても、
それを自分に置き換えることはなかった。
それなのに、何故か最近やたらとコータのことが羨ましい。
ヤクザでありながら普通の家庭を持ちたい。
矛盾した願望だろうか。