第1部 第9話
再び理事長室の扉が開いたのは、
俺達が出てから5分とたたないうちだった。
「お、お、おじゃましましたっ!!」
さっきの男達2人が、転がりそうな勢いで飛び出してきて、
あっと言う間に、廊下の向こうへ消えた。
「・・・」
「終わったぞー」
間抜けた声と共に、コータも出てくる。
「幸太・・・お前、何やったんだ?」
「別に」
さすがの本城先生も呆れ顔だ。
「頼んどいてなんだけどな。ちゃんと弁護士として対応したんだろうな?」
「弁護士半分、ヤクザ半分、ってとこかな」
いや、弁護士1割、ヤクザ9割の間違いだろ。
しかしコータはどこ吹く風。
「うーっん、疲れたー」と背伸びなんかしてやがる。
「まあ、いーじゃん。丸く収まったんだし」
丸く、なのか?
「ところで、兄ちゃん。さっきの女子生徒、なんて名前?」
「本田有だ」
「本田・・・有・・・」
コータが片手を顎に当て、黙り込む。
いつになく真剣な表情だ。
俺は、そんなコータを見て・・・
胸がざわついた。
なんだ、これは。
なんだ、この嫌な感じは。
・・・そうか。
一緒だ。
あの時と一緒だ。
「帰る」というコータと、授業へ戻る本城先生を見送り、
俺は久々に、理事長室の大きな座り心地のいい椅子に座った。
だけど、落ち着かない。
あれは・・・もう7年近く前になるのか。
俺はある同級生に惚れていた。
でもそいつは、他でもないコータのことが好きだった。
お陰で俺はそいつにこっぴどく振られてしまった、ということがあった。
コータもそいつのことを好きだったのだが、
結局2人は付き合うことはなかった。
コータが本田有を見る目。
あれは普通の目じゃなかった。
本田有の名前を確認した時の様子も・・・
一目見て、本田有のことを気に入ったのだろう。
今は奥さん(と娘)一筋のコータだが、昔は呆れるくらい遊んでた。
しかも組長仕込みのヤクザだ。
気に入った女がいれば、平気で浮気くらいするかもしれない。
・・・いいじゃないか、別に。
コータがどこの誰と浮気しようが、俺には関係ない。
相手が、本田有でも。
唐突に、あの夜のことが思い出された。
あの夜の、本田有の細くて華奢な身体と白い肌の感触が。
あれをコータが、
他の男が、味わうのか。
7年前に振られた時の苦い味が、喉の奥に蘇る。
俺は、いてもたってもいられなくなった。
「どちらさまですか?」
寮の警備員が、警戒心丸出しの目で俺を見る。
夜、女子寮に男が1人でやってきたら、それも当然か。
「一応、理事長なんですが」
「理事長?」
「綾瀬学園の理事長です」
「・・・」
警備員はマジマジと俺の顔を見つめ・・・
急に「失礼しました!」と最敬礼をした。
「な、何の御用でしょうか!?」
「女子生徒の1人に用事があるんですけど」
「は、はい!すぐに呼んできます!」
警備員は勢い良く駆け出して・・・「生徒の名前は?」と振り返った。
館内放送で「お客様がお待ちです」と呼び出された本田有は、10分ほどで寮の玄関へやってきた。
少しダボッとしたグレーのワンピースの裾から、棒みたいに真っ直ぐな素足が出ている。
相変わらず、色気とは無縁だ。
本田有は予想していたのか、俺を見ても驚いた様子はなかった。
「処分についてのお話ですか?」
「そうだ」
「・・・」
「ここじゃ、他の生徒もいる。こっちに来い」
俺は本田有を促し、駐車場へ向かった。
そして、助手席に乗るように言う。
「どこに行くんですか?」
「ホテル」
「え?」
本田有は俺からパッと目を逸らすと、
フロントガラスを見つめたまま口を固く閉じ、それ以上何も話さなかった。
俺も何も話さないまま、車を運転した。
組長が乗るような車はどこに行っても目立つが、
幸いというか、俺の車は至って庶民的な車だ。
私立学校の理事長なら、もうちょっといい車に乗れよ、と自分でも思うが、
先立つものがないのだからしょうがない。
でも、お陰でラブホテルなんかに入っても、一向に人目を引かない。
「ここ・・・」
驚いた本田有が、ようやく口を開いた。
驚くのも無理はない。
ここは、あのホテルだ。
あの日、本田有と一緒に入った、あの安っぽいホテル。
週末でも余裕で入れたのだから、
平日の今日は、駐車場からしてがら空きだ。
もちろん部屋も選びたい放題。
俺は、あの日と同じ部屋を選んだ。
何もかもあの日と同じ。
違うのは、本田有の表情だけだ。
「何、緊張してんだよ」
「・・・」
あの日も、自分から誘ったくせに少なからず緊張していたが、
今日はもう完全に身体が強張っている。
少々強引に本田有を部屋に連れ込み、扉を閉める。
「いつもこーゆーこと、やってんだろ?」
「・・・」
本田有の胸倉を掴む。
体重がないから、浮いてしまいそうだ。
「俺も人のことは言えねーから、説教する気はないけどな。
何のために男とホテル入って金盗ったりしてるんだ?ただの小遣い稼ぎか?」
「・・・」
「何とか言えよ」
やばいな。
ほんと、何か言ってくれよ。
でないと、これ以上、しないといけなくなる。
どうしてここに本田有を連れてきたのか、自分でもよくわからない。
ただ、コータがもしかしたら今夜本田有を連れ出すかもしれないと思うと、
とにかくこいつを寮から離したかった。
でもだからって、ラブホテルなんかに連れてこなくていいのに。
何やってるんだ、俺。
もしかして、俺はまたこいつとやりたいんだろうか。
だからこうやって、あの日を思い出させるように、わざと同じホテルに連れてきたんだろうか。
立場的に自分からは誘えないから、こうやって本田有を挑発してるんだろうか。
・・・我ながら卑怯な男だ。
頼むから、俺の挑発なんかに乗らないでくれ。
泣いて「ごめんなさい。もうしません」って言ってくれ。
コータの誘いにも乗らないって約束してくれ。
そしたら、俺も大人らしく「じゃあ今回だけは見逃してやる」っつって寮に帰してやるのに。
でないと、後戻りできなくなる気がする。
だけど、本田有は何も言わなかった。
ただ、俺を見つめているだけだった。
その目はもう、緊張しても怯えてもいない。
あの日と同じ目をしていた。