傷物令嬢は婚約破棄ブームに乗って大儲けします!
婚約破棄がブームだ。
いや、これには語弊があるな。
最近上流階級を題材にした婚約破棄物のフィクションが流行りだということ。
新しい娯楽として完全に認知されているんだ。
とある新聞が婚約破棄物の小説を連載してね。
女性に大ウケして定期購読者数を大幅に伸ばしたってことがあったんだ。
一本当たれば追随者が出るのは世の習い。
あっちもこっちも婚約破棄ときたもんだ。
で、うちのボスは考えた。
フィクションがウケるなら、ノンフィクションだったらもっとウケるのでは、と。
つまり本物の公開婚約破棄をショーとして見せるということだ。
ボスは間違いなく成功するって信念に満ちていたけど、オレは懐疑的だった。
そんなにうまくいくかって。
結果としてボスが正解だったわ。
パーティーの主催者は盛り上がるイベントを調達できて嬉しい。
婚約破棄する者される者にとっては主演として映えるように演出されて嬉しい。
無論我々は儲かって嬉しい。
全て良しだ。
婚約破棄する者される者をどうやって探すんだって?
そこはオレも疑問だった部分だが、新聞で募集するのさ。
もちろん新聞だって協力してくれる。
やつらも読まれる記事に飢えてるんだから。
このビジネスモデルを考えたボスは天才だな。
婚約破棄まで金にする、金の亡者だって、陰口叩いてるやつがいることは知ってる。
ただオレはもっと深い部分で理解している。
ボスはそんなんじゃないんだ。
「あら、ジェイデン君おはよう。もう来てたの?」
「ボス、おはようございます。今日も美しいですね」
「うふふ、ありがとう」
オレの尊敬すべきボス、フローレンス・オークウッド伯爵令嬢がオフィスにやって来た。
今日も爽やかだなあ。
ボスほど格好いい女性をオレは知らない。
「三日前の案件あったではないですか」
「ああ、レイツパクトン侯の夜会ね? 侯爵様も喜んでいらしたわ」
「オレ、ヒヤヒヤして見てましたよ」
「あの四人はギスギスしていましたからね」
少々変わった案件だったのだ。
簡単に言うと二組の婚約解消カップルがあり、それぞれがパートナーを交換するという形になった。
トリッキーだろう?
「あれ、放っといたら大惨事でしょう?」
「間違いないですね。どこかでプッツン来て台無しにするんじゃないかと」
全員が婚約者を裏切って浮気していたというケースだ。
話し合いで解決しようと思ったら、責任の擦り付け合いで泥沼化していたと思う。
特にどこにどう慰謝料だ違約金だという話になると、しっちゃかめっちゃかになる。
それを当『婚約破棄請負屋』(この散文的な屋号はどうにかならぬものか)で引き受け、一律に金を出させ、サプライズを欲しがっていた侯爵に売り込んだのだ。
そんな簡単なことが何故当事者間でできないか?
しがらみがあると難しいんだな。
オレよりもあいつのほうが悪いと、責任転嫁したくなるから。
ビジネスライクに迅速かつスカッと解決。
後腐れがない(だって契約書に遺恨を残さずと書いてある)。
パーティーの主催者並びに参加者には盛大に祝福される。
精神的負担まで考えれば大変にお得だと思う。
婚約破棄の際は、ぜひ当店を御利用ください。
「よく言い聞かせましたからね。メチャクチャにしたら違約金が大変なことになる上に、侯爵様の覚えが悪くなります。社交界で浮かび上がる目がなくなりますよと」
「考えてみりゃ、相当ひどい言い草なんですが」
「言い草なんてどうでもいいのよ。うち『婚約破棄請負屋』に関わったからには、最終的にいい目に遭って欲しいじゃない?」
婚約破棄をショーとして演出することを考えた者はいると思う。
でもビジネスとして成立させることはどうだろう?
思いつきはしても実際にやろうとしたやつはいないかもしれないな。
オレも初めて聞いた時、不謹慎だと考えたくらいだから。
「丸く収まることが何よりも大事ね」
「わかります」
そう、婚約破棄をショーにすると聞いただけだと、金かよウケ狙いかよと考えてしまうかもしれない。
愛と常識が置いてけぼりで、まさにザ・不謹慎だ。
今でも婚約破棄請負業をよく知らない人達は、そういう認識なんじゃないかな。
しかし違うんだ。
ボスは幸せを考えている。
婚約を破棄する側、破棄される側双方のだ。
オレにはその視点がなかった。
「ボスはどこで婚約破棄請負ビジネスを考案したのですか?」
ついに聞いてしまったという思いがある。
答えに大体想像はついているのだが。
ボスがオレをチラッと見、ためらいながら話し始める。
「……自分の経験からかしらね」
ボスは第二王子エルマー殿下から公開婚約破棄を食らったことがあるのだ。
貴族学院のパーティーだったから僕も参加していた。
よくある話だ。
エルマー殿下はボスと婚約していながら、別の令嬢に心を奪われてしまったという。
一方的に婚約破棄を突きつけられながらも毅然としていたボス。
嵐に耐えるヤナギの木のように美しいと思った。
思えばオレはあの時から……。
「婚約破棄って、女性側のダメージが大きいでしょう?」
「一般的にはその通りですね。オレもボスの仕事の手伝いをするようになってからです。『ざまぁ』と称する、男性側のダメージが大きくなるケースがあると知ったのは」
「婚約って基本的に幸せなことだと思うのよ。その婚約を失ってまで動こうとするのだから、婚約破棄もまた幸せに向けての行動なわけでしょう?」
「……婚約破棄する側の理屈ではそうですね」
「される側だって幸せになれるに越したことはないわ」
柔らかな微笑を見せるボス。
そう、婚約破棄請負業の本質は金儲けじゃないんだ。
婚約破棄する側される側の両方に幸せを届けること。
それが不可能な場合にはできるだけダメージを少なくすること。
ボスは経験から婚約破棄請負業者の必要性を理解したんだ。
多分自分自身が辛かったから。
ボスは強いから自力で立ち直れたのだろう。
でも世の中強い人間ばかりではないことも知っていた。
「ところでジェイデン君は結婚しないの?」
「突然ですね。したいですよ。でも年齢から言うとボスのほうが先じゃないですか」
「あら、失礼ね」
ボスはオレより一年上の先輩だ。
婚約破棄されてすぐ、貴族学院の学生の内から『婚約破棄請負屋』を立ち上げた。
あてつけだって、エルマー殿下が一時期騒いでたな。
でも令嬢方はほぼ全員ボスの味方で、開業の時は皆さんに大層お世話になったわとボスは今でも言っている。
エルマー殿下?
将来の王弟というのは、恵まれたポジションだったと思うんだよ。
ただ短慮なことがバレて、急速に支持を落とした。
バカだなあと思う、主にボスとの婚約を破棄したことに関してだが。
最後に話題になったのは、ボスを捨ててまで結婚した男爵令嬢と離婚した時だったと思う。
子供の王位継承権を認めるかどうかで揉めたんだったな。
エルマー殿下が今どうしてるか、よくは知らない。
でも公人である王族の動静が知られないってのは、冷や飯食わされてるんだろうな。
「ジェイデン君にもお返ししなくてはと思っていたの」
「お返し、ですか?」
「そう。『婚約破棄請負屋』のナンバーツーとして、わたしをしっかり支えてくれているじゃない」
学院を卒業してどうするかなんて悩まなかった。
オレはモルツ男爵家の三男坊という気軽な身の上だ。
文官科に通っていたオレの技能を生かして、ボスを手伝うと決めていたから。
「わたしのこと、フローレンスって呼んでいいのよ」
名を呼ぶって、その意味するところは……。
おいおい、本気なのかな?
「……御冗談を。ボスは伯爵令嬢ではないですか」
「とびきりの傷物で、売れ残りのね」
艶然と笑うボスは奇麗だ。
最高のお返しだな。
いいのか? オレで。
……今ボスがお返しなんて言いだした理由はわかる。
ボスが妊娠して現場を離れたとしても、ナンバーツーのオレがいれば回る体制になってきたから。
ボスを妻とすることができたなら。
憧れの女性だ。
こんなに誇らしいことはない。
しかしオレにボスの人生を背負えるのか?
一時は王子の婚約者となったほどの令嬢だぞ?
「随分考えるのね」
「人生の一大事ですから」
オレだけの人生ならここまで悩まないよ。
「ふうん、わたしがおばあちゃんになるまでに結論出してね」
「いや、今すぐ結論出します。ん……」
口を口で塞がれた。
ボスの名前を呼びたかったのに。
まったく、いつまで経ってもボスには敵わない。
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