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『呪われた醜い悪女』と婚約破棄されましたが、それは妹の身代わりでした。  作者:


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第9話

 夜風が吹き抜けるバルコニーで、シルヴィス陛下の手の中で凍りついた手紙が、キラキラと砕け散った。

 それはまるで、ルーン王国との国交そのものが崩れ去った音のようだった。


「……陛下。手紙には、なんと書いてあったのですか?」


 私が恐る恐る尋ねると、陛下は冷え切った瞳を南の空に向けたまま、淡々と口を開いた。


「要約すればこうだ。『エリアナは我が国の重要な国家機密(結界の要)を持ち出した大罪人である。即刻返還せよ。さもなくば、帝国を誘拐の共犯とみなし、国際社会に訴える』……とな」


「国家機密……? 結界の要……?」


 私は呆れて言葉を失った。

 彼らが言う「結界の要」とは、間違いなく私のことだ。

 今まで「醜い化け物」「無能」と散々罵り、ゴミのように捨てておきながら、いざ私がいなくなって結界が消えた途端、これだ。

 自分たちの過ちを認めるどころか、「私が盗んだ」ことにして罪を着せようとしている。


「……信じられない。どこまで腐っているの」


 怒りを通り越して、吐き気すら覚える。

 けれど、陛下は私の肩を優しく抱き寄せ、その体温で私の震えを止めてくれた。


「安心しろ、エリアナ。彼らの要求など、帝国にとっては何の痛痒もない。……むしろ、好都合だ」


「好都合、ですか?」


「ああ。向こうから喧嘩を売ってきてくれたのだからな。……こちらも遠慮なく『外交カード』を切れるというものだ」


 陛下はニヤリと、捕食者のような笑みを浮かべた。

 その笑顔はあまりにも美しく、そして背筋が凍るほど恐ろしかった。


「ガラス宰相を呼べ。……緊急の『経済制裁』を発動する」


 * * *


 翌朝。

 帝国の大会議室には、重苦しい空気が漂っていた。

 昨夜の晩餐会で私の信者と化したガラス侯爵をはじめ、国の重鎮たちがズラリと並んでいる。

 陛下は玉座に座り、私をその隣に侍らせていた。


「よいか。本日正午をもって、ルーン王国への『氷魔石ひょうませき』の輸出を全面停止する」


 陛下の宣言に、貴族たちがどよめいた。

 氷魔石。それは、この極寒のガルア帝国でしか産出されない、特殊な魔力を帯びた鉱石だ。

 周囲の熱を奪い、強力な冷却効果を発揮するこの石は、主に「食品の保存」や「医療用の保冷」に使われている。


「へ、陛下。全面停止となれば、ルーン王国は大混乱に陥りますぞ。彼らは食料自給率が低く、輸入した食料の保存を我が国の氷魔石に頼り切っております」


 商務大臣が懸念を示すが、陛下は冷ややかに一蹴した。


「知ったことか。彼らは我が国の未来の皇后を『泥棒』呼ばわりし、返還を求めてきたのだ。……これくらいの『お仕置き』は当然だろう?」


「そ、それはそうですが……」


「それに、彼らは最近、聖女の祈りによる豊作を自慢していたはずだ。食料が余るほどあるなら、保存など不要だろう?」


 陛下は意地悪く笑った。

 確かに、妹のティナが聖女として崇められていた頃は、異常なほどの豊作が続いていた。

 だが、それは私の身代わりの力があったからこそ。

 今、私がいないルーン王国では、作物が枯れ始めているはずだ。

 そこに加えて、備蓄食料を保存するための氷魔石まで止められたら――。


(……国中の食料が腐り、飢餓が起きるわ)


 私は身震いした。

 それは、戦争を起こすよりも残酷で、静かなる殺戮だ。


「陛下……。民に罪はありません。……少し、厳しすぎませんか?」


 私が小声で進言すると、陛下は私の手を取り、皆に見せつけるように口づけを落とした。


「優しいな、エリアナは。……自分を石で打った民のことまで気遣うのか?」


「それは……」


「だが、甘い顔をしていてはつけあがるだけだ。……彼らは知らねばならない。自分たちが何を失ったのかを。そして、誰を敵に回したのかを」


 陛下の瞳は、絶対零度の輝きを放っていた。


「ただし、慈悲として『難民の受け入れ』は許可しよう。……飢えに耐えかねて国境を越えてくる民がいれば、帝国は温かいスープとパンで迎え入れる。だが、王族と貴族は別だ。奴らには一粒の麦も渡さん」


 アメとムチ。

 民衆を救済しつつ、王族だけを徹底的に追い詰める策だ。

 これなら、ルーン国民の怒りの矛先は、食料を確保できない王家へと向くだろう。


「ガラス。直ちにルーン王国へ通達しろ。『我が国は不当な要求には屈しない。氷魔石が欲しくば、誠意ある謝罪と、事の真相(エリアナへの冤罪)を公表せよ』とな」


「はっ! 承知いたしました! ……エリアナ様を愚弄した報い、たっぷりと味わわせてやりましょう!」


 ガラス侯爵は、生き生きとした顔で退室していった。

 他の貴族たちも、「そうだそうだ!」「帝国を舐めるな!」と士気を高めている。

 どうやら、私は完全にこの国の一員として受け入れられ、愛されているようだ。


 私は、隣に座る陛下を見上げた。

 彼は私の視線に気づくと、先ほどまでの冷徹な顔を崩し、甘く微笑んだ。


「……どうした? 私の冷酷さに幻滅したか?」


「いいえ。……私のために怒ってくださって、嬉しいです」


「君のためなら、私は魔王にでもなろう。……さて、会議は終わりだ。エリアナ、あそこの新しいカフェに行こうか。君が好きそうな苺のタルトがあるらしい」


 彼は公務の顔から、一人の恋人の顔に戻り、私をエスコートした。

 その背中の頼もしさに、私は胸が熱くなった。


 遠く離れた祖国では、これから地獄のような冬が始まる。

 けれど、私はもう振り返らない。

 私の手は今、世界で一番温かい手に引かれているのだから。


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