第3話
シルヴィス陛下に助けられ、温かいスープで人心地ついた翌朝。
私は、小鳥のさえずりと共に目を覚ました。
天蓋付きのベッド。絹のシーツ。
夢ではなかったのだと安堵すると同時に、昨日の出来事が鮮明に思い出され、頬が熱くなった。
あーん、だなんて。あんな子供みたいなことを……。
「おはよう、エリアナ。よく眠れたか?」
ノックと共に現れたのは、朝から完璧に着飾ったシルヴィス陛下だった。
今日の彼は、深い藍色の軍服に身を包んでいる。銀色の刺繍が施されたその姿は、あまりにも高貴で、直視できないほど眩しい。
「お、おはようございます、陛下! その……昨日は大変お世話になりました」
私がベッドの上で慌てて頭を下げると、彼はフッと口元を緩め、サイドテーブルに何かを置いた。
「礼には及ばない。……それより、今日は君の『検査』をしたいと思っている」
「検査、ですか?」
「ああ。君の体内にある魔力量の測定だ。昨日は封印が解けた反動で溢れ出ていたが、安定した状態でどれほどの力があるのか、把握しておきたい」
魔力の測定。
祖国ルーン王国では、「魔力なし(無能)」と判定されていた私だ。
けれど、陛下は「規格外だから測定できなかっただけだ」と言っていた。
本当に、私にそんな力があるのだろうか?
* * *
朝食を済ませた私は、城内の魔術研究室へと案内された。
そこには、私の頭ほどもある巨大な水晶玉が鎮座していた。
「これは、帝国の最高技術で作られた魔力測定器だ。大抵の魔術師なら、手をかざせば色が変わり、数値が表示される」
シルヴィス陛下が説明し、まずは手本を見せてくれた。
彼が手をかざすと、水晶は眩いほどの紫紺色に輝き、測定不能を意味する『ERROR』の文字が浮かんだ。
「……まあ、私の魔力には耐えきれないようだが。君も試してみてくれ」
「は、はい」
私は恐る恐る、透明な水晶に手をかざした。
心臓がドクンドクンと高鳴る。
もし、何も反応しなかったら? やはり私は無能で、ここから追い出されてしまうのではないか?
そんな不安が頭をよぎった、その瞬間だった。
カッ――――!!
水晶玉が、直視できないほどの黄金の光を放った。
紫でも、青でもない。純粋な光そのもののような輝きだ。
部屋中の空気がビリビリと震え、棚に並べられた薬瓶がカタカタと音を立てる。
「なっ……!?」
研究員たちが悲鳴を上げて目を覆う。
光は収まるどころか、さらに強さを増していく。
パキッ。
パキパキパキッ……!
不吉な音が響いたかと思うと、帝国の最高傑作である水晶玉に亀裂が走り――。
パァァァァァンッ!!
粉々に砕け散った。
キラキラと舞う水晶の欠片の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。
「あ……ご、ごめんなさい! 壊してしまいました……!」
やってしまった。高価な測定器を壊してしまった。
きっと怒られる。役立たずだと罵られる。
私が身を縮こまらせていると、頭上から大きな笑い声が降ってきた。
「くっ……はははは! 素晴らしい!」
見上げると、シルヴィス陛下が腹を抱えて笑っていた。
怒っている様子は微塵もない。むしろ、最高に愉快なものを見たという顔だ。
「私の魔力にも耐えた水晶を、一瞬で粉砕するとはな。……エリアナ、君の魔力は『規格外』どころではない。『神域』だ」
「しん……いき……?」
「ああ。君のその光属性の魔力は、癒やし、浄化し、万物を育む力だ。……やはり君は、私が守るべき女神だったようだ」
彼は私の手を取り、砕け散った水晶の欠片など気にする素振りもなく、愛おしげに撫でた。
「自信を持ちたまえ。君はもう、誰の身代わりでもない。……世界で唯一の、最強の魔術師だ」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
無能だと罵られ、隠れて生きてきた私。
その全てを、この人は笑い飛ばし、肯定してくれたのだ。
* * *
測定の後は、「着替え」の時間だった。
私は侍女長のマリアさん率いる侍女部隊に囲まれ、更衣室へと連行された。
「まあ! なんてお美しい肌でしょう!」
「髪も、まるで絹糸のようですわ!」
「このドレスがお似合いです! いや、こちらの淡いブルーも……!」
侍女たちは興奮気味に、次々と豪華なドレスを私にあてがっていく。
祖国では、妹のお下がりの地味な服か、顔を隠すためのフード付きローブしか着せてもらえなかった。
こんなに美しい布地が、自分の肌に触れる日が来るなんて。
「……よし、これに決めましょう!」
マリアさんが選んだのは、私の瞳の色に合わせた、淡いエメラルドグリーンのドレスだった。
胸元には繊細なレースがあしらわれ、ふわりと広がるスカートには銀糸の刺繍が入っている。
着替えを終え、髪を結い上げてもらい、薄化粧を施される。
そして、私はシルヴィス陛下の待つサロンへと向かった。
扉が開く。
ソファで待っていた陛下が、顔を上げ――そして、動きを止めた。
「……どう、でしょうか……?」
私が恥ずかしさで俯きながら尋ねると、彼は立ち上がり、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。
その瞳は、熱を帯びて揺れている。
「……言葉が出ないな」
彼は私の手を取り、そっと引き寄せた。
「美しいとは思っていたが……これほどとは。宝石箱をひっくり返したようだ」
「宝石箱だなんて、言い過ぎです……」
「いいや、足りないくらいだ。……これでは、他の男の目に触れさせるのが惜しくなるな」
彼は冗談めかして言ったが、その目は笑っていなかった。
独占欲。
そんな感情を向けられることに慣れていない私は、心臓が破裂しそうだった。
「エリアナ。このドレスは君への最初の贈り物だ。……だが、これだけではない。君にはもっと相応しいものを、これから沢山贈らせてくれ」
彼はそう言って、私の額に口づけを落とした。
「さあ、行こうか。今日は天気がいい。庭園を散歩しながら、これからの話をしよう」
差し出された腕に、私はそっと手を添えた。
かつて泥だらけだった私の手は今、皇帝陛下の腕に抱かれ、光り輝く場所へと導かれている。
これが夢なら覚めないでほしい。
そう願いながら、私は新しい一歩を踏み出した。




