第19話
ついに、結婚のパレードの日がやってきた。
帝都のメインストリートは、早朝からお祭り騒ぎだった。
建物の窓には色とりどりの旗が掲げられ、道端は花びらで埋め尽くされている。
「……緊張します」
王城の控え室。
私は鏡の前で、何度も深呼吸を繰り返していた。
今日のドレスは、純白のウエディングドレスだ。
最高級のレースとシルクをふんだんに使い、帝国伝統の銀糸刺繍が施されている。
頭には、皇族の証であるダイヤモンドのティアラ。
かつて「醜い化け物」と呼ばれ、ボロ布を纏っていた私が、こんなに美しい衣装を着ているなんて。
「世界一美しいよ、エリアナ」
背後から、正装に身を包んだシルヴィス陛下が現れた。
白と金の軍服姿は、眩しいほどに凛々しい。
「君こそが、この国の光だ。……堂々としていればいい」
彼が差し出した手に、私は自分の手を重ねた。
その手の温もりが、震えを止めてくれる。
私は頷き、前を向いた。
パレード用のオープン馬車に乗り込み、城門を出た瞬間。
地鳴りのような歓声が私たちを包み込んだ。
「聖女様ー!! おめでとうございますー!!」
「皇帝陛下万歳!!」
「お幸せにー!!」
沿道を埋め尽くす、数万の民衆。
彼らは皆、笑顔で手を振り、花を投げてくれる。
私が手を振り返すと、さらに大きな歓声が上がった。
「見てくれ、エリアナ。……これが、君が救った人々の笑顔だ」
陛下が誇らしげに言う。
寒波に苦しんでいた下町の人々も、今は元気そうな顔で笑っている。
ああ、生きていてよかった。
あの日、雪山で死ななくて本当によかった。
パレードが街の中央広場に差しかかった時だった。
ドォォォンッ……!!
突然の爆発音が、歓声をかき消した。
広場の隅から黒煙が上がる。
「きゃあああああ!!」
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
パニックに陥る民衆の間を縫って、黒いフードを被った数十人の集団が飛び出してきた。
彼らの手には剣や魔法杖が握られ、その目は異様な憎悪に燃えている。
「死ねぇぇぇ!! 魔女エリアナ!!」
「貴様のせいで! 貴様のせいで我がルーン王国は滅びたのだ!!」
彼らは、滅亡したルーン王国の元騎士団や、狂信的な貴族の残党だった。
国を失った絶望と恨みを、全て私にぶつけるために潜伏していたのだ。
「陛下! エリアナ様をお守りしろ!」
近衛騎士たちが抜刀し、応戦する。
しかし、残党たちは「自爆用の魔道具」を体に巻き付けており、死を恐れない特攻を仕掛けてきた。
「道連れだ! 我らが祖国の痛み、思い知れ!!」
一人の男が、警備を突破して私たちの馬車へと突進してくる。
その体から、赤黒い光が漏れ出している。自爆する気だ。
「エリアナ!」
シルヴィス陛下が私を庇い、氷魔法を放とうとする。
だが、ここで強力な魔法を使えば、周囲の民衆にも被害が出る。陛下が一瞬躊躇した隙に、男は肉薄していた。
(……させない!)
私は陛下を押しのけ、前に出た。
逃げない。もう二度と、誰かの後ろに隠れて震えていたくない。
私はこの国の母となり、彼を守ると誓ったのだから。
「――聖域・展開!!」
私が叫ぶと同時に、体内から黄金の魔力が爆発した。
それは攻撃のための力ではない。全てを守り、包み込むための光だ。
キィィィィン……!!
馬車を中心に、巨大な光のドームが出現した。
自爆しようとした男は、光の壁に弾かれた――のではない。
光に飲み込まれた瞬間、彼の体に巻き付けられていた魔道具の回路が遮断され、暴走が沈静化したのだ。
「な……!?」
男が呆然と立ち尽くす。
私の結界は、物理的な攻撃を防ぐだけでなく、周囲の空間にある「悪意ある魔力」を強制的に浄化する性質を持っていた。
「……私のせいで国が滅びた、と言いましたね」
私は馬車の上に立ち、残党たちを見下ろした。
風に銀髪がなびく。
ドレスは汚れていない。光の粒子を纏ったその姿は、神々しいほどだった。
「違います。貴方たちが滅びたのは、誰かのせいにし続け、自分たちの過ちから目を背けたからです! 『守られて当たり前』だと思い上がり、感謝を忘れたからです!」
私の声は、魔力に乗って広場中に響き渡った。
「私はもう、貴方たちのサンドバッグではありません。……私はこの国で、愛する人と共に生きます。誰にも邪魔はさせません!」
凛とした宣言。
それは、過去への完全なる決別だった。
残党たちは、私の気迫と、圧倒的な聖なる力に気圧され、武器を取り落とした。
「あ、ああ……聖女様……」
「我々は、なんてことを……」
戦意を喪失した彼らを、近衛騎士たちが次々と取り押さえていく。
民衆からは、悲鳴ではなく、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「すごい! 聖女様が守ってくださったぞ!」
「なんて強いお方だ……これこそ我らの皇后陛下だ!」
シルヴィス陛下が、私の腰を抱き寄せた。
「……驚いたな。私が守るつもりだったのに、逆に守られてしまった」
「ふふ、お互い様です。……夫婦になるのですから」
「ああ、その通りだ。……自慢の妻だよ、エリアナ」
陛下は民衆の前で、堂々と私に口づけをした。
亡霊たちの襲撃は、私たちの絆の強さと、新皇后の威光を証明するだけの結果に終わった。
もはや、私たちの未来を阻むものは何もない。




