第17話
街での一件以来、私は「帝国の聖女」として正式に認められ、忙しくも充実した日々を送っていた。
孤児院への慰問、病院での治療、そして荒れた土地の浄化。
行く先々で感謝され、笑顔を向けられる。
それは、私がずっと欲しかった「居場所」そのものだった。
そんなある日の午後。
執務室にいたシルヴィス陛下の元へ、ガラス宰相が沈痛な面持ちで入ってきた。
「……陛下、エリアナ様。ルーン王国より、最後の報告が入りました」
最後。
その言葉に、私はペンを置いた。
ついに、その時が来たのだ。
「報告せよ」
陛下の許可を得て、宰相が読み上げる。
「ルーン王都にて、大規模な暴動が発生。飢えた民衆が王城になだれ込み、王宮を制圧しました。……国王および王妃は、地下牢へ幽閉。王族としての権限は全て剥奪されました」
革命だ。
民の怒りが、ついに王家を飲み込んだのだ。
「また、王太子ギルバート殿下の不在(帝国で捕縛中)により、指揮系統は崩壊。騎士団も民衆側に寝返ったとのことです。……国としての機能は、完全に停止しました」
「……そうか」
私は静かに目を閉じた。
あの華やかだった王宮が、炎と怒号に包まれている光景が目に浮かぶ。
父様、母様。
貴方たちが守ろうとした「体裁」や「権力」は、民の飢えの前には無力だったのですね。
「それと……聖女ティナ様についてですが」
宰相が言葉を濁す。
「……発見された時には、すでに息絶えていたそうです。全身が腐敗し、見るも無残な状態で……。最期まで『お姉様、助けて』と叫んでいたとか」
ドクリ、と心臓が跳ねた。
ティナ。私の妹。
私をいじめ、全てを奪い、見下していた妹。
彼女の最期は、あまりにも孤独で、惨めなものだった。
「……エリアナ」
陛下が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「……はい」
私は目を開けた。
涙が一筋だけ、頬を伝った。
それは彼女への同情ではない。
ただ、同じ血を分けた姉妹として、そして「呪い」という運命に翻弄された二人の少女への、最後の手向けだった。
「悲しくはありません。……ただ、終わったんだな、と」
私という「盾」を失った彼らは、自らの重みに耐えきれず自滅した。
それは因果応報であり、避けられない結末だった。
「……エリアナ様。実は、元ルーン王国の国民代表を名乗る者から、手紙が届いております」
宰相が一通の手紙を差し出した。
粗末な紙に、震える文字で書かれた手紙。
『エリアナ様。貴女様を追い出した愚かさを、私たちは今、骨の髄まで後悔しております。貴女様がどれほど私たちを守ってくれていたか、失って初めて気づきました。……どうか、新しい国でお幸せに。貴女様を捨てたこの国は、滅びて当然の報いを受けました』
それは、かつて私に石を投げた民衆からの、懺悔の手紙だった。
「……許してあげますか?」
陛下が問う。
私は首を横に振った。
「許すも許さないもありません。……私はもう、帝国の人間ですから」
私は手紙を暖炉の火にくべた。
紙がチリチリと燃え上がり、灰になっていく。
これでいい。過去は燃え尽きた。
私を縛るものは、もう何もない。
「……強いな、エリアナは」
陛下が後ろから私を抱きしめた。
「ルーン王国は、隣国の属国として解体されることが決まった。……あの国は地図から消える。だが、君の故郷の記憶まで消す必要はない。辛い思い出も、楽しい思い出も、全て君の一部だ」
「はい。……ありがとうございます、シルヴィス様」
私は彼の腕の中で、深く息を吸い込んだ。
灰の匂いと、彼の纏うミントのような清涼な香り。
過去との決別は終わった。
「さて、エリアナ。過去の話はこれくらいにしよう」
彼が私の体を反転させ、真剣な瞳で見つめてきた。
「未来の話だ。……来週のパレードの後、結婚式を挙げよう。……君を、世界一幸せな花嫁にしたい」
その言葉に、私の心は一気に晴れ渡った。
「……はい! 喜んでお受けします!」
私たちは口づけを交わした。
窓の外では、雪が止み、雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいた。
長く厳しい冬が終わり、新しい春が訪れようとしていた。




