第16話
パレードの日が近づく中、私は一つ、陛下にお願いをした。
「街の視察に行きたいのです。……それも、貴族街ではなく、平民の方々が暮らす下町へ」
最初は「危険だ」と反対していた陛下も、私の「この国の現状を知り、私の力で何か役に立ちたいのです」という言葉に折れ、お忍び(護衛付き)で同行してくれることになった。
訪れたのは、帝都の一角にある「氷花街」と呼ばれる地区。
ここは職人や商人が多く住む活気ある場所だが、同時に貧しい人々も暮らしている。
特に今年は寒波が厳しく、燃料代の高騰で体調を崩す人が多いと聞いていた。
「……思ったより、寒さが厳しいですね」
馬車から降りた私は、身を縮めた。
分厚いコートを着ていても、肌を刺すような冷気が忍び寄ってくる。
道行く人々も、顔を真っ赤にして震えている。
路地裏には、薄着でうずくまる子供たちの姿もあった。
「今年は特に冷え込みが激しい。……配給はしているが、全員に行き渡らせるのは難しいのが現状だ」
隣を歩く陛下が、悔しそうに顔を歪めた。
彼は優秀な皇帝だが、自然の猛威まではコントロールできない。
(……私にできることはないかしら)
私は周囲を見回した。
広場の一角に、病人が集められている仮設テントがあった。
そこからは、苦しそうな咳や呻き声が聞こえてくる。
「行ってみましょう、陛下」
私はテントへと足を向けた。
中には、高熱を出した子供や、凍傷で手足が黒ずんだ老人たちが横たわっていた。
薬や毛布が足りず、医師たちが悲痛な顔で処置をしている。
「……ひどい」
私は胸が痛んだ。
ルーン王国では、私が全ての穢れを引き受けていたから、こうした疫病は少なかった。
けれど、ここでは誰もが寒さと戦っている。
「……温めてあげたい」
私は一人の少女の前に跪いた。
少女はガタガタと震え、顔色は土気色だった。
私は手袋を外し、彼女の冷たい額に手を当てた。
(……お願い。温かい光よ、彼女を癒やして)
へその下の泉から、魔力を汲み上げる。
今度は破壊的な奔流ではなく、陽だまりのような優しい温もりをイメージして。
「――聖なる癒やし」
私の手から、柔らかな金色の光が溢れ出した。
光は少女を包み込み、その体温を上げていく。
凍えていた頬に赤みが戻り、苦しそうだった呼吸が穏やかになっていく。
「……あったかい……お姉ちゃん、天使さま……?」
少女がうっすらと目を開け、私を見て微笑んだ。
「まあ! 熱が下がってる!」
「凍傷の傷も消えているぞ!?」
周りの医師たちが驚きの声を上げる。
私は立ち上がり、テント全体を見渡した。
「……もっと広く。みんなに届け」
私は両手を広げた。
私の魔力は「規格外」だと言われた。なら、この程度の範囲なら余裕のはずだ。
「――広域浄化・温暖結界!」
私の体を中心にして、ドーム状の光が広がった。
テントを突き抜け、広場全体を包み込む。
一瞬にして、凍てつく空気が春のような陽気に変わった。
病人たちの顔色が良くなり、松葉杖をついていた老人が「痛くない!」と歩き出す。
「お、おい……なんだこれは……!」
「空気が温かい! 体が軽いぞ!」
「あそこにいる銀髪の女性がやったのか!?」
広場にいた人々が、一斉に私に注目する。
私は少しふらついたが、すぐに陛下が支えてくれた。
「……無茶をするなと言っただろう」
「ごめんなさい……。でも、見てください。みんな笑っています」
陛下はため息をつきつつも、私の頭を優しく撫でてくれた。
すると、一人の老女が震える足で近づいてきて、私の足元に跪いた。
「ありがとうございます……! 女神様……いや、聖女様!」
「あ、あの、顔を上げてください!」
「聖女様万歳! 皇帝陛下万歳!」
それを皮切りに、広場中の人々が歓声を上げた。
「聖女様!」「ありがとう!」「なんて美しいんだ!」
感謝の言葉と、尊敬の眼差し。
かつて「化け物」と呼ばれた私に向けられるものとは、正反対の温かい感情。
私は涙がこぼれそうになった。
ああ、私はここにいていいんだ。
私の力は、人を幸せにできるんだ。
「……困ったな」
陛下が苦笑しながら、私を抱き寄せた。
「これでは、お忍びどころではない。……それに、あまり愛想を振りまくな。君の笑顔を見るのは私だけでいい」
「え?」
「君が皆に愛されるのは誇らしいが……同時に、独り占めできなくなるのが悔しい」
彼は小声で呟き、私の耳にキスをした。
「……帰ったら、たっぷり埋め合わせをしてもらうからな」
その甘い嫉妬に、私は顔を真っ赤にした。
広場には、いつまでも「聖女様」を称える声が響き渡っていた。
こうして、私の名は「氷の街の聖女」として、一夜にして帝都中に知れ渡ることになったのだった。




