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『呪われた醜い悪女』と婚約破棄されましたが、それは妹の身代わりでした。  作者:


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第10話

 帝国からの「氷魔石輸出停止」の通達は、ルーン王国にとって死刑宣告に等しかった。

 通達からわずか数日。

 王都の市場からは、新鮮な肉や魚が消え失せた。


「おい、この肉、腐ってるぞ!」

「野菜もシナシナじゃないか! こんなものに金が払えるか!」

「パンをくれ! 子供が腹を空かせているんだ!」


 街のあちこちで怒号が飛び交い、商店の略奪さえ起き始めていた。

 氷魔石による冷蔵倉庫が使えなくなったことで、備蓄していた食料が一気に傷み始めたのだ。

 加えて、畑の作物は謎の立ち枯れ病で全滅寸前。

 かつて「豊穣の国」と謳われたルーン王国は、今や腐敗臭と絶望に包まれていた。


 * * *


 王城、王太子の執務室。

 ギルバート・ルーンは、山積みになった苦情の報告書を前に、頭を抱えていた。


「くそっ、くそっ、くそっ!! なぜだ! なぜこんなことになる!」


 彼は机を拳で叩きつけた。

 エリアナを追放すれば、目障りな化け物がいなくなり、美しい聖女ティナと共に輝かしい未来が待っているはずだった。

 それなのに、現実はどうだ。

 国は傾き、民は暴徒化し、帝国からは経済制裁を受けた。


「帝国の皇帝は何を考えているんだ! たかが一人の女のために、国交を断絶するだと!? エリアナにそれほどの価値があるわけがないだろう!」


 ギルバートは理解できなかった。

 あの醜い女に、大国の皇帝を動かすほどの何があるというのか。

 ハニートラップ? いや、あの顔でそれは不可能だ。

 なら、何か弱みを握ったのか?


「……殿下。ティナ様がお呼びです」


 怯えた様子の侍女が入ってきた。

 ギルバートは舌打ちをした。


「ティナか。……あいつも最近、部屋に引きこもってばかりで役に立たん。聖女なら祈りの一つでも捧げればいいものを」


 彼は苛立ちながらも、唯一の心の支えである恋人の元へと向かった。

 ティナの部屋の前には、数人の衛兵と侍医が立ち尽くしており、中からは異様な「臭い」が漏れ出していた。

 甘ったるい香水の匂いと、何かが腐ったような悪臭が混ざった、吐き気を催す臭いだ。


「……なんだこの臭いは。掃除をしていないのか?」


「そ、それが……姫様が誰も中に入れてくださらないのです」


 ギルバートは鼻をつまみ、乱暴に扉を開け放った。


「ティナ! いい加減にしろ! 国中が大変な時に、お前は何を……」


 言葉は、途中で凍りついた。

 薄暗い部屋の中。

 割れた鏡の破片が散乱する床に、一人の女がうずくまっていた。

 かつて「天使」と呼ばれた美少女、ティナだ。


 しかし、その姿は異様だった。

 彼女は厚手のベールを何重にも巻き付け、顔を隠している。

 その隙間から見える肌は、土気色に変色し、所々に黒い斑点が浮き出ていた。


「……ティナ?」


「来ないでぇぇぇ!!」


 ティナが絶叫した。その声は枯れ、老婆のようにしわがれている。


「見ないで! 私の顔を見ないで! あいつが……エリアナが呪いをかけていったのよ!」


「呪いだと……?」


「そうよ! 見て、これ!」


 ティナが狂乱してベールを剥ぎ取った。

 ギルバートは息を呑み、後退りした。


「ひっ……!?」


 そこにあったのは、かつてのエリアナの顔よりも遥かに醜悪なものだった。

 白かった肌はどす黒く壊死し、膿んだような腫れ物が顔全体を覆っている。

 目玉だけがギョロリと動き、充血していた。

 それはまさに、腐り落ちる寸前の果実のようだった。


「なんで……なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ! 私は聖女よ!? 愛されるべき存在なのよ!」


 ティナが泣き叫ぶたびに、膿が飛び散る。

 ギルバートは生理的な嫌悪感に襲われ、吐き気をこらえた。


「そ、それは……病気か? 侍医は何をしている!」


「治療しても治らないの! ……ねえ、殿下。エリアナを連れ戻して。あいつがいなくなってから、体が熱くて痛いの。あいつがいれば、この痛みも全部あいつに移せるのに!」


 その言葉を聞いた瞬間、ギルバートの脳裏に、ある推測が閃いた。

 エリアナがいた頃、ティナは美しく、国は平和だった。

 エリアナがいなくなった途端、ティナは醜くなり、国は荒廃した。


 もしや。

 エリアナのあの醜い顔は、何かの病気ではなく、この国の「穢れ」を一手に引き受けていた結果だったのではないか?

 そしてティナの美しさは、エリアナという「ゴミ箱」があったからこそ保たれていたのではないか?


「……まさか。そんな馬鹿な」


 ギルバートは首を振った。

 認めたくなかった。

 自分が捨てた女こそが、この国を守る「真の守護者」だったなどと。

 そんなことを認めれば、自分は国を滅ぼした愚かな王太子として歴史に名を残すことになる。


「……そうだ。これはエリアナの陰謀だ。あいつが帝国の力を借りて、我が国に呪いをかけたに違いない!」


 彼は歪んだ結論に飛びついた。

 自分の過ちを認めるより、他人のせいにする方が楽だからだ。


「安心しろ、ティナ。……私が必ずエリアナを連れ戻す。あいつを引きずり戻し、お前の呪いを全部あいつに食わせてやる!」


「本当!? お願い、早くして! 痛いの、痒いのよぉぉぉ!」


 ギルバートは部屋を飛び出した。

 目指すはガルア帝国。

 外交官などという生ぬるい手段ではない。

 自分が直接乗り込み、帝国の皇帝に直談判するのだ。

 エリアナは我が国の所有物だ。返せと言えば、返さざるを得ないはずだ。


 彼はまだ知らなかった。

 自分が向かおうとしている場所が、氷の皇帝が支配する「絶対零度の断罪の場」であることを。

 そして、かつて捨てた女が、今やどれほど高貴で美しい存在になっているかを。


 愚かな王太子の暴走が、ルーン王国の滅亡を決定づけようとしていた。


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