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『呪われた醜い悪女』と婚約破棄されましたが、それは妹の身代わりでした。  作者:


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第1話

 シャンデリアの煌びやかな光が降り注ぐ、王宮の大広間。

 色とりどりのドレスを纏った貴族たちが談笑する華やかな宴の場は、ある男の一声によって静まり返った。


「――エリアナ・ベルンシュタイン! 貴様のような醜い女との婚約は、今この時をもって破棄する!」


 広間の中心で声を張り上げたのは、この国の王太子、ギルバート・ルーンだった。

 金色の髪に、自信に満ちた碧眼。誰もが憧れる美しい王子様。

 その隣には、私の妹であり、この国の「聖女」として崇められているティナが、彼の腕にぴったりとしがみついていた。


 対して、私は――。


 彼らと対峙する私は、顔の右半分を覆うように、分厚いベールを被っていた。

 だが、その透けた布越しでも分かるほど、私の右頬には禍々しい「黒い痣」が広がっている。

 まるで墨を垂らしたような、あるいは腐敗したようなその痣は、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせるものだった。


 周囲の貴族たちが、汚いものを見るような目で私を見て、ひそひそと囁き合う。


「見ろよ、あの『呪われた娘』だ」

「ベールをしていても分かるわね、あの気味の悪い痣……」

「あんな化け物が王太子妃になるなんて、国の恥だものね」


 嘲笑。侮蔑。嫌悪。

 突き刺さるような視線に晒されながら、私は静かにカーテシーをした。


「……殿下。それは、本気でおっしゃっているのですか?」


「当たり前だ! 貴様のような化け物を隣に置くなど、これ以上耐えられるものか!」


 ギルバート殿下は、吐き捨てるように言った。

 かつて婚約が決まった時、彼は「君の内面を見る」と言ってくれたはずだった。けれど、妹のティナが聖女として覚醒し、その可憐な容姿がもてはやされるようになると、彼の手のひらはあっさりと返った。


「エリアナ。貴様はその醜い顔だけでなく、心まで醜いそうだな」


「……どういう意味でしょうか」


「しらばっくれるな! 貴様、自分の妹であるティナを妬み、数々の嫌がらせをしていただろう! ティナのドレスを切り裂いたり、階段から突き落とそうとしたり……。全てティナから聞いているぞ!」


 殿下の言葉に、妹のティナがビクッと体を震わせ、彼の胸に顔を埋めた。


「怖かったの……。お姉様、私の綺麗な顔を見るたびに『その顔をぐちゃぐちゃにしてやる』って……。私が聖女に選ばれたのが、そんなに悔しかったのね……」


 ティナが嘘泣きを始めると、会場からは私への非難の声がいっそう強まった。


「なんて恐ろしい女だ」

「妹の美しさを妬んで殺そうとするなんて」

「やはり見た目が醜いと、心まで歪むのね」


(……ああ。やっぱり、そうなのね)


 私はベールの下で、自嘲気味に微笑んだ。

 反論する気すら起きなかった。

 ドレスを切り裂いた? それはティナが自分でやったことだ。

 階段から突き落とそうとした? むしろ私が突き落とされそうになったのを、庇っただけだ。


 けれど、誰も私の言葉など信じない。

 なぜなら、ティナは「光の聖女」であり、愛らしい美少女だから。

 そして私は、「闇の呪い」を受けた、醜い悪女だからだ。


「……否定なさらないのですね」


「否定したところで、殿下は信じてくださらないでしょう?」


 私が静かに告げると、ギルバート殿下は顔を真っ赤にして激昂した。


「その態度が気に入らんのだ! いつもいつも、全てを見透かしたような目で私を見やがって! その顔の痣を見るだけで吐き気がする!」


 彼は私に歩み寄り、乱暴に私のベールを剥ぎ取った。


 バリッ!


 布が裂ける音と共に、私の素顔が白日の下に晒される。

 右頬から首筋にかけて広がる、脈打つような黒い痣。

 会場から「ヒッ!」という悲鳴が上がった。


「見ろ、このおぞましい顔を! これが次期王妃の顔か? 隣国との外交になど出せるわけがないだろう!」


 殿下は勝ち誇ったように叫ぶ。

 ティナは私の顔を見て、口元だけでニヤリと笑った。

 その目は言っていた。『お姉様、ざまぁみろ』と。


 ズキン、と痣が熱く疼いた。

 この痛みは、私の心の痛みではない。

 この国に溜まった「穢れ」が、今まさに私の中に流れ込んできている証拠だ。


 ――愚かな人たち。

 彼らは何も知らない。

 この痣が、ただの「醜さ」などではないことを。


 我がベルンシュタイン公爵家には、代々伝わる秘密がある。

 それは、『聖女』が生まれる時、必ずその対となる『身代わり(スケープゴート)』も生まれるという事実だ。

 聖女は、国の繁栄を約束する光の魔力を持つ。

 しかし、光が強ければ強いほど、その反動として「影(穢れ)」もまた濃く生まれる。


 本来なら、聖女であるティナが引き受けるべき、国中の悪意、疫病、天災の予兆――それら全ての「負の遺産」を、私が一手に引き受けているのだ。

 私の顔の痣は、ティナを守るための「盾」であり、この国を守るための「結界」そのものだった。


 私がこの痣を引き受けているからこそ、ティナは美しく、清らかな聖女として振る舞えていた。

 私が痛みに耐えているからこそ、この国は魔獣の被害もなく、五穀豊穣の恩恵を受けていられたのだ。


(……でも、もういいわ)


 私は、殿下と妹、そして私を嘲笑う貴族たちを見回した。

 ここまで蔑まれ、踏みにじられてまで、この国を守る義理があるだろうか?

 いや、ない。


 私は今日まで、家族のため、国のためにと、この呪いの痛みに耐えてきた。

 けれど、彼らが私を「不要」だと言うのなら。

 その望み通り、消えてあげようではないか。


「……分かりました、殿下。婚約破棄、謹んでお受けいたします」


 私が淡々と告げると、殿下は鼻を鳴らした。


「ふん、やっと自分の立場を理解したか。……だが、婚約破棄だけでは済まさんぞ」


 彼は残忍な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。


「エリアナ・ベルンシュタイン! 貴様を『国外追放』に処す! 聖女ティナを害そうとした罪人として、国籍を剥奪し、二度とこの国の土を踏むことを禁ずる!」


「国外追放……ですか?」


「そうだ! 行き先は、北の国境だ。あの極寒の地で、野垂れ死ぬがいい!」


 北の国境。

 そこは、魔術国家として名高い「ガルア帝国」との国境付近だ。

 万年雪に閉ざされ、魔獣が闊歩する死の世界。

 魔力を持たない(と思われている)私が放り出されれば、一晩で凍死するか、魔獣の餌になるだろう。

 実質的な死刑宣告だ。


「お姉様、さようなら。……あ、ドレスも宝石も全部置いていってくださいね? どうせ死ぬんですもの、もったいないですわ」


 ティナがクスクスと笑いながら、私の指から婚約指輪を無理やり抜き取った。

 殿下もまた、冷たい目で私を見下ろしている。


「衛兵! この女を摘み出せ! 今すぐ馬車に乗せて、北へ捨ててこい!」


 衛兵たちが私の両腕を乱暴に掴む。

 私は抵抗しなかった。

 ただ、最後に一度だけ、彼らに向かって静かに微笑んだ。


「……後悔なさいませんね?」


「はあ? 後悔だと? 貴様のような醜い女がいなくなって、清々することこそあれ、後悔などするはずがないだろう!」


「お姉様ったら、往生際が悪いですわよ。……バイバイ、化け物のお姉様」


 罵声を背に受けながら、私は大広間を引きずられていった。

 扉が閉まる瞬間、彼らの嘲笑が最高潮に達したのが聞こえた。


 ――さようなら、私の祖国。

 ――さようなら、愚かな人たち。


 貴方たちが捨てたのは、ただの「醜い女」ではない。

 この国を守っていた、唯一無二の「最強の盾」だったということに気づくのは、そう遠い未来ではないだろう。


 * * *


 数時間後。

 私は粗末な囚人護送用の馬車に揺られていた。

 窓の外はすでに吹雪。

 北へ向かうにつれて、気温が急激に下がっていく。


 顔の痣が、ドクンドクンと脈打つ。

 国の中心から離れるにつれて、痣の痛みが少しずつ引いていくのを感じた。


(……この国境を越えれば、私は自由になれる)


 ベルンシュタイン家の契約魔法は、「この国の民である限り」有効だ。

 つまり、国籍を剥奪され、国外へ追放された瞬間――私は、身代わりの役目から解放される。


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は膝を抱えた。

 寒いはずなのに、胸の奥には不思議な高揚感があった。


 もう、誰の身代わりにもならなくていい。

 もう、顔を隠して生きなくていい。


 馬車がガタン、と大きく揺れて止まった。

 御者が扉を開け、冷たい風と共に怒鳴り込んでくる。


「おい! ここが国境だ! 降りろ!」


 私は雪の中に放り出された。

 足元は膝まで埋まるほどの新雪。

 馬車は私を捨てると、一目散に元来た道へと引き返していった。


 残されたのは、私一人。

 真っ白な闇の中で、私はゆっくりと立ち上がった。

 その瞬間だった。


 パリンッ……。


 私の体の中で、何かが砕け散る音がした。

 それは、私を縛り付けていた呪いの鎖が切れた音。


「……あ……」


 右頬に手を当てる。

 あれほど熱を持ち、疼いていた痛みが、嘘のように消えていく。

 それだけではない。体の中から、抑え込まれていた莫大な魔力が、奔流となって溢れ出していく。


 私は雪を鏡代わりにして、自分の顔を覗き込んだ。

 そこにあったのは、忌まわしい黒い痣ではない。

 月明かりを浴びて白磁のように輝く肌と、宝石のような碧眼。


 呪いは解けた。

 ここからが、私の本当の人生の始まりだ。


 ……けれど。

 張り詰めていた糸が切れたせいだろうか。

 急激な魔力の解放に体がついていかず、私の意識は急速に遠のいていった。


(……だめ、眠ったら死んでしまう……)


 薄れゆく視界の端に、誰かの人影が見えた気がした。

 銀色の髪をなびかせた、氷のように美しい男の人影が。


「――ほう。こんな雪山に、女神が落ちているとはな」


 低い、けれど心地よい声が聞こえたのを最後に、私の意識は闇へと沈んでいった。


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分厚いベールなのに、透けた布越しにとは?
雪は鏡にはなりませんよ…?
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