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なんだかドキドキしちゃいますわ!

昨夜の盗賊との戦いは、まるで嵐のようだった。ルイスの活躍と、私の主婦スキルを駆使した作戦で、何とか乗り切ることができた。


セレスティーナの偽装契約書も手に入れたし、これで一安心……のはずですわ。



私はベッドの端に腰を下ろし、エプロンを手に取る。


「今日くらいは、ゆっくりと過ごしたいですわ…」


しかし、主婦の性とは恐ろしいもの。

体が勝手に動き出し、気がつけば、私はもう階段を下り、厨房へと向かっていた。



階段を下りるたび、古びた木の床が小さく軋む音が、耳に心地よく響く。

リバーウッド家の屋敷は、確かに古さは否めないけれど、どこか懐かしい、温かい雰囲気が漂っている。


窓辺に揺れるレースカーテンからは、ラベンダーの香りが微かに漂い、私の鼻腔をくすぐった。


異世界に来て、まだ数日しか経っていないというのに、この場所が、まるで私の居場所であるかのように感じてしまうのは、一体なぜかしら。



厨房に到着すると、アニエスがすでに忙しそうに動き回っていた。


彼女は、いつものように眼鏡の奥の瞳を真剣な眼差しで輝かせ、メイド服の袖を捲り上げながら、食糧庫の棚を丁寧にチェックしている。


「お嬢様、おはようございます。昨夜はお疲れだったでしょう」と、私に気づくと、丁寧に一礼してくれた。



彼女の几帳面さには、いつも感心させられる。「おはよう、アニエス。疲れたなんて言っていられないわ。

主婦は、朝から晩まで大忙しなんですわ!」と、私は笑って返した。


彼女はいつものように、「さすがです」と小さく頷く。ふふ、褒められると、どうしても調子に乗ってしまうわね。



アニエスが棚から戻ってきた。

私は目を丸くして、彼女の後ろに置かれた大きな籠を見た。そこには、摘みたての新鮮な野草や、手作りの温かいチーズ、琥珀色の蜂蜜が小さな瓶に詰められていた。


「お嬢様、領民の皆さんが、感謝の品を持ってきてくださっています」

「あら、こんなにたくさん?皆さん、本当に優しいのね」

胸の奥がじんわりと温かくなる。


昨夜の戦いで疲れているだろうに、わざわざこんなにも心のこもった品々を持ってきてくれるなんて。

領民たちの温かい気持ちが、私の心に深く染み渡ったようだった。



「アニエス、これ、どうしましょうか。せっかくいただいたのだから、何か作って、皆さんにお返ししたいですわ」


「お嬢様らしい、素晴らしいお考えです。厨房にある食材と合わせれば、きっと喜んでいただけますよ」


「よし、決まりね。主婦の腕、皆さんに披露してあげましょう!」

「楽しみにしております」


とアニエスは真顔で返す。

冗談が通じないタイプだけれど、その真剣さが、とても頼もしい。



早速、籠の中身を広げてみる。



野草は、ヨモギのような苦味のあるものと、シャキシャキとした食感の葉物が混ざっていた。


チーズは、少し硬めで、濃厚な香りが漂っている。


蜂蜜は、太陽の光を閉じ込めたような琥珀色で、蓋を開けると、甘い香りがふわりと広がった。


厨房の棚には、昨日使ったジャガイモがまだ少し残っており、干し肉も一握りあった。



これだけの食材があれば、きっと素敵な料理が作れるはずだ。

私は頭の中でレシピを組み立てながら、手際よく手を動かし始めた。



まずは、チーズを細かく刻み、野草と一緒に温かいスープに仕立てることにした。

大きな鍋に水を張り、薄切りにしたジャガイモを投入する。


細かくちぎった干し肉を炒めると、香ばしい匂いが厨房中に広がり、食欲をそそる匂いが立ちこめた。

そこに、野草を加え、最後にチーズを溶かし込む。


スープがグツグツと煮立つ音と、様々な食材が混ざり合う香りが、鼻腔をくすぐる。



料理をしていると、前世で誰かのためにスープを作っていた記憶が、ぼんやりと蘇る気がした。

温かい手のひらで鍋をかき混ぜ、優しい眼差しで料理を見守る、そんな記憶。

誰かの笑い声が聞こえた気がしたけれど、顔までは思い出せない。

ただ、その記憶が、今の私に美味しいものを作って、皆を笑顔にしたいという気持ちを強く抱かせているのを感じた。



「お嬢様、何て美味しそうな匂いでしょう!」



メイドの一人が目を輝かせながら近づいてきた。

他のメイドたちも、厨房の隅から身を乗り出し、まるで子供のようにソワソワしている。



「これは、領民の皆さんへのお返しですわ!少しでも元気になってほしいから」


「優しいお嬢様!」


とメイド達が口々に褒めてくれた。

ふふ、慈悲深いんですの。わたくし。

なーんて心の中でお嬢様ぶってみる。


前世から染み付いた主婦の癖も抜けないが、この身体のお嬢様言葉もたまに出てきている。


スープが完成した頃、ちょうど太陽が空高く昇り、窓から明るい光が差し込んできた。


私は、大きな鍋を運び出す。

アニエスとメイドたちに手伝ってもらい、屋敷の前の広場にテーブルを並べた。


領民の皆さんが集まってきて、驚いた顔をしていた。


「お嬢様、また料理を?」


「盗賊を追い払ってくれた上に、こんなご馳走までいただけるなんて、まるで夢のようだ」


「夢じゃないですわ。主婦の知恵と、皆さんの力があれば、何でもできますわ!」


広場は温かい笑い声で満たされた。


スープを椀に注いで配ると、領民の皆さんが次々に味わい始めた。


「チーズがとろけて美味しい!」

「野草がこんなに美味しい味になるなんて!」

「ありがとう、お嬢様」

「これでまた頑張れるよ」


と様々な歓声が上がり、私は少し照れ臭くなった。


やれるやれると自分に言い聞かせてここまで来たが、主婦のスキルがこんな異世界で役立つなんて。

前世では想像もしていなかった。



その時、広場の端で、ルイスが馬から降りてきた。


騎士団の制服には埃がつき、腕の包帯が少し見えている。

盗賊の残党を追っていたのだろうか。




「お嬢様、騒がしいな。何かあったのか?」


「領民の皆さんへのお礼ですわ。あなたも食べてみて」


ルイスにスープを差し出した。


彼が椀を受け取り、一口飲むと、サファイア色の瞳が柔らかくなる。


「染み渡る。疲れが取れる、ホッとする味だな…ありがとう。」


彼の言葉は相変わらずストレートだ。

きちんと目を見て頭を下げるこの青年。何より美貌や色気が漂う。

私は見惚れていた。




そうするとルイスが近くに腰掛ける。


「契約書のおかげで、ロックフォード家への追及が進められる。盗賊も、当分は大人しくなるだろう」


「良かったですわ。あなたのおかげですわね」


「君の知恵がなければ、ここまで来られなかった」


真剣な眼差しで見つめられ、胸がドキリと高鳴る。

この人は、クールな顔をして、ずっと優しい言葉をかけてくれるのね。

気づけば私は、ルイスのことを呼び捨てにしていることに気付いた。

令嬢としては褒められたものではないけれど今の距離感が私にはすごく心地よく感じられた。



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