表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

主婦力で成敗ですわ!

領民たちと畑を整えた疲れが残る体を引きずりながらも、私の心はどこか晴れやかだった。


セレスティーナの登場で確かに不穏な空気が漂い始めたけれど、私はエプロンを手に取り、呟く。


「今日もやるしかないですわ」


厨房に降りると、アニエスが食糧庫の在庫を前に、難しい顔をしている。


「お嬢様、穀物が減っています。昨日より明らかに少ないです」


「ちょっと待ってくださいまし。昨日、領民たちに配ったスープの分はきちんと計算に入れたはずですわ。こんなにも減っているなんて、まるで誰かが意図的に持ち出したみたいですわ!主婦の勘がそう告げています!」


「盗まれた可能性が高いですね。ですが、一体誰が……」



盗賊の影がちらつく。

しかし、私の脳裏に浮かんだのは、昨日、宝石をちりばめたような派手な馬車で現れたセレスティーナの姿だった。


けたたましい音を立てて近づいてきたあの馬車の印象は、あまりにも強烈だったから。


「アニエス、領民たちに聞いてみてください。何か怪しい動きはなかったか。穀物が減ったのは、偶然じゃないですわ」


「かしこまりました、お嬢様。私もそう思います」



アニエスがメイドたちを引き連れて厨房を出ていくと、私は残された食材を前に、思案した。


領民たちの士気を保つためにも、まずは何か作らなければ。

干し肉と野草を細かく刻み、ジャガイモと一緒に大きな鍋で煮込む。

鍋から立ち上る香ばしい匂いが、私の心をわずかに落ち着かせてくれた。


料理をしていると、前世で誰かのためにスープを作っていた記憶が、ぼんやりと蘇る。

顔は見えないけれど、その記憶が、今の私に領民を、私の家族を守らなければ、という強い気持ちを抱かせた。



昼頃、メイド長のアニエスが戻ってきた。


「お嬢様、村の外で馬車の轍が見つかりました。昨夜、妙な物音がしたと領民たちが言っています」


馬車の轍。

わがまま令嬢セレスティーナの、あの騒がしい馬車を思い出し、背筋がゾクッとする。


「やはり、偶然ではないのね。アニエス、すぐにルイス様に連絡を。盗賊だけではなく、裏で糸を引いている者がいますわ」


夜、ルイス様が騎士団を連れて屋敷にやってきた。


彼の制服は泥で汚れ、剣の鞘は擦り減っている。


「お嬢様、状況は深刻です。

盗賊が村を襲う準備をしている兆候が見られます。しかも、誰かが彼らに金と武器を渡している痕跡も見つかりました」



金と武器。セレスティーナとロックフォード家の鉱山資源を狙う動きが、私の頭の中で繋がり始めた。


「主婦の勘が、当たってしまったみたいですわ!!」


「ルイス様、私に考えがあります。領民たちと協力してバリケードを作りましょう。盗賊が来ても、簡単には村に入れないようにするのです。それと、ハーブで煙幕を作り、彼らを混乱させます。主婦の知恵、侮れませんよ」



ルイスは一瞬、目を丸くしたが、すぐに真剣な表情に戻った。


「お嬢様が、そのような策を?」


「姑の嫌味をかわすようなものです。これくらい、朝飯前ですわ!」


「頼もしいです」



ルイスがそう呟いた瞬間、私の心臓はトクンと跳ね上がった。

まるで、若い頃に憧れていた王子様に褒められたみたい。


彼の瞳が、私をまっすぐに見つめている。その視線に、頬が熱くなるのを感じた。


(そんなとろけるような顔で言われたら、勘違いしちゃいますわ……!)




夜が更ける頃、村の広場では領民たちとのバリケード作りが始まった。


木の板を積み上げ、隙間に藁を詰めていく。

子供たちも「僕も手伝う!」と走り回り、まるで家族総出の大掃除のようだ。


アニエスがハーブを束ね、私が火をつけると、白い煙がモクモクと広がった。


「これで、盗賊たちの目を眩ませますわ!」



「お嬢様、すごい!」「そんなこと誰も思いつかなかったぞ!!」


と領民たちから歓声が上がった。

しかし、その時、静寂を切り裂くように、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。


ルイス様が剣を抜く。


「来たぞ!」


盗賊の集団が、松明を手に村へと近づいてくる。


その光が、彼らの剣をキラリと輝かせた。



私はバリケードの後ろに身を隠し、ルイスが騎士団を率いて飛び出していくのを見つめた。


彼の剣が風を切り、敵を一人ずつ倒していく姿は、まるで踊りのように美しい。

しかし、盗賊の一人がルイスの腕を斬りつけ、血が滴り落ちた時、私の心臓は止まりそうになった。



盗賊たちの剣が、松明の光を反射してキラキラと光る。

ルイス様は、その剣を巧みに避けながら、敵を一人ずつ倒していった。


彼の動きは、まるで踊りのように美しかった。

しかし、その時、盗賊の一人がルイス様の腕を斬りつけた。

赤い血が、彼の白い制服を染めていく。




「ルイス!」


思わず叫んでいた。

心臓が早鐘のように鳴り、全身が冷たい汗で濡れる。


どうか……どうか、怪我をしないで。

私は、バリケードの陰から必死に祈った。



しかし、祈りだけではどうにもならない。 

ルイスは、なおも剣を振るい、敵と戦い続けている。


その姿は、痛々しくも、あまりにも勇敢だった。



私は隙を見て、ハーブの束を手に取り、バリケードを飛び出した。


「動かないで!」


血だらけのルイスを押さえつける。

彼の腕の傷は、想像以上に深かった。

私は、持っていた布を傷口に押し当て、必死に止血を試みる。



「君を守るためだ」

息を切らしながら言った。


「私だって、あなたを守りたいのです!」


彼の瞳が揺れ、私の胸に熱いものがこみ上げてきた。

この気持ちは、前世から受け継がれたものなのだろうか。


しかし、今は彼の安全が何よりも重要だ。



その時、ルイスは私を庇うように立ち上がり、再び剣を握りしめた。


彼の剣が、稲妻のように敵を切り裂き、盗賊たちは次々と倒れていく。

騎士団も奮闘し、ついに盗賊たちを制圧した。


残った盗賊たちは、恐怖に怯え、我先にと逃げ出した。


「追う必要はありません。彼らはもう、二度とこの村には近づかないでしょう」



ルイスは、そう言いながら、私の方へ歩み寄ってきた。

彼の制服は血で汚れ、息も荒かったが、その瞳は、勝利の光で輝いている。



ふと、納屋の隅に置かれた古い鍋が、私の目に飛び込んできた。


錆び付いてはいるものの、どこか懐かしい形。胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われ、前世で誰かのために料理をしていた記憶が、ぼんやりと蘇る。


顔は見えない。

しかし、「守らなければ」という気持ちが、私の全身を突き動かした。


「ルイス、盗賊たちを追い払ったら、後は私に任せてください」

と言うと、彼は頷き、再び剣を握りしめた。



戦いの後、盗賊たちが逃げ去った隙に、私は納屋を調べる。


そこで見つけたのは、セレスティーナの馬車から落ちたと思われる、偽造された契約書だった。


「犯人がわかったわ。とんだお転婆さんだこと」


それは、あのジャラジャラした令嬢がいる隣領のロックフォード家の資料。鉱山資源を奪い取るための商人との契約書だ。


ルイスが戻ってきて、私が契約書を突きつけると、彼は力強く頷いた。


「これで、奴らを追い詰めることができる」




セレスティーナの「こんなはずでは……!」という叫び声が、風に乗って運ばれてきた気がした。


ふふ、主婦の勘と知恵、侮れませんわね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ