主婦力で成敗ですわ!
領民たちと畑を整えた疲れが残る体を引きずりながらも、私の心はどこか晴れやかだった。
セレスティーナの登場で確かに不穏な空気が漂い始めたけれど、私はエプロンを手に取り、呟く。
「今日もやるしかないですわ」
厨房に降りると、アニエスが食糧庫の在庫を前に、難しい顔をしている。
「お嬢様、穀物が減っています。昨日より明らかに少ないです」
「ちょっと待ってくださいまし。昨日、領民たちに配ったスープの分はきちんと計算に入れたはずですわ。こんなにも減っているなんて、まるで誰かが意図的に持ち出したみたいですわ!主婦の勘がそう告げています!」
「盗まれた可能性が高いですね。ですが、一体誰が……」
盗賊の影がちらつく。
しかし、私の脳裏に浮かんだのは、昨日、宝石をちりばめたような派手な馬車で現れたセレスティーナの姿だった。
けたたましい音を立てて近づいてきたあの馬車の印象は、あまりにも強烈だったから。
「アニエス、領民たちに聞いてみてください。何か怪しい動きはなかったか。穀物が減ったのは、偶然じゃないですわ」
「かしこまりました、お嬢様。私もそう思います」
アニエスがメイドたちを引き連れて厨房を出ていくと、私は残された食材を前に、思案した。
領民たちの士気を保つためにも、まずは何か作らなければ。
干し肉と野草を細かく刻み、ジャガイモと一緒に大きな鍋で煮込む。
鍋から立ち上る香ばしい匂いが、私の心をわずかに落ち着かせてくれた。
料理をしていると、前世で誰かのためにスープを作っていた記憶が、ぼんやりと蘇る。
顔は見えないけれど、その記憶が、今の私に領民を、私の家族を守らなければ、という強い気持ちを抱かせた。
昼頃、メイド長のアニエスが戻ってきた。
「お嬢様、村の外で馬車の轍が見つかりました。昨夜、妙な物音がしたと領民たちが言っています」
馬車の轍。
わがまま令嬢セレスティーナの、あの騒がしい馬車を思い出し、背筋がゾクッとする。
「やはり、偶然ではないのね。アニエス、すぐにルイス様に連絡を。盗賊だけではなく、裏で糸を引いている者がいますわ」
夜、ルイス様が騎士団を連れて屋敷にやってきた。
彼の制服は泥で汚れ、剣の鞘は擦り減っている。
「お嬢様、状況は深刻です。
盗賊が村を襲う準備をしている兆候が見られます。しかも、誰かが彼らに金と武器を渡している痕跡も見つかりました」
金と武器。セレスティーナとロックフォード家の鉱山資源を狙う動きが、私の頭の中で繋がり始めた。
「主婦の勘が、当たってしまったみたいですわ!!」
「ルイス様、私に考えがあります。領民たちと協力してバリケードを作りましょう。盗賊が来ても、簡単には村に入れないようにするのです。それと、ハーブで煙幕を作り、彼らを混乱させます。主婦の知恵、侮れませんよ」
ルイスは一瞬、目を丸くしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「お嬢様が、そのような策を?」
「姑の嫌味をかわすようなものです。これくらい、朝飯前ですわ!」
「頼もしいです」
ルイスがそう呟いた瞬間、私の心臓はトクンと跳ね上がった。
まるで、若い頃に憧れていた王子様に褒められたみたい。
彼の瞳が、私をまっすぐに見つめている。その視線に、頬が熱くなるのを感じた。
(そんなとろけるような顔で言われたら、勘違いしちゃいますわ……!)
夜が更ける頃、村の広場では領民たちとのバリケード作りが始まった。
木の板を積み上げ、隙間に藁を詰めていく。
子供たちも「僕も手伝う!」と走り回り、まるで家族総出の大掃除のようだ。
アニエスがハーブを束ね、私が火をつけると、白い煙がモクモクと広がった。
「これで、盗賊たちの目を眩ませますわ!」
「お嬢様、すごい!」「そんなこと誰も思いつかなかったぞ!!」
と領民たちから歓声が上がった。
しかし、その時、静寂を切り裂くように、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。
ルイス様が剣を抜く。
「来たぞ!」
盗賊の集団が、松明を手に村へと近づいてくる。
その光が、彼らの剣をキラリと輝かせた。
私はバリケードの後ろに身を隠し、ルイスが騎士団を率いて飛び出していくのを見つめた。
彼の剣が風を切り、敵を一人ずつ倒していく姿は、まるで踊りのように美しい。
しかし、盗賊の一人がルイスの腕を斬りつけ、血が滴り落ちた時、私の心臓は止まりそうになった。
盗賊たちの剣が、松明の光を反射してキラキラと光る。
ルイス様は、その剣を巧みに避けながら、敵を一人ずつ倒していった。
彼の動きは、まるで踊りのように美しかった。
しかし、その時、盗賊の一人がルイス様の腕を斬りつけた。
赤い血が、彼の白い制服を染めていく。
「ルイス!」
思わず叫んでいた。
心臓が早鐘のように鳴り、全身が冷たい汗で濡れる。
どうか……どうか、怪我をしないで。
私は、バリケードの陰から必死に祈った。
しかし、祈りだけではどうにもならない。
ルイスは、なおも剣を振るい、敵と戦い続けている。
その姿は、痛々しくも、あまりにも勇敢だった。
私は隙を見て、ハーブの束を手に取り、バリケードを飛び出した。
「動かないで!」
血だらけのルイスを押さえつける。
彼の腕の傷は、想像以上に深かった。
私は、持っていた布を傷口に押し当て、必死に止血を試みる。
「君を守るためだ」
息を切らしながら言った。
「私だって、あなたを守りたいのです!」
彼の瞳が揺れ、私の胸に熱いものがこみ上げてきた。
この気持ちは、前世から受け継がれたものなのだろうか。
しかし、今は彼の安全が何よりも重要だ。
その時、ルイスは私を庇うように立ち上がり、再び剣を握りしめた。
彼の剣が、稲妻のように敵を切り裂き、盗賊たちは次々と倒れていく。
騎士団も奮闘し、ついに盗賊たちを制圧した。
残った盗賊たちは、恐怖に怯え、我先にと逃げ出した。
「追う必要はありません。彼らはもう、二度とこの村には近づかないでしょう」
ルイスは、そう言いながら、私の方へ歩み寄ってきた。
彼の制服は血で汚れ、息も荒かったが、その瞳は、勝利の光で輝いている。
ふと、納屋の隅に置かれた古い鍋が、私の目に飛び込んできた。
錆び付いてはいるものの、どこか懐かしい形。胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われ、前世で誰かのために料理をしていた記憶が、ぼんやりと蘇る。
顔は見えない。
しかし、「守らなければ」という気持ちが、私の全身を突き動かした。
「ルイス、盗賊たちを追い払ったら、後は私に任せてください」
と言うと、彼は頷き、再び剣を握りしめた。
戦いの後、盗賊たちが逃げ去った隙に、私は納屋を調べる。
そこで見つけたのは、セレスティーナの馬車から落ちたと思われる、偽造された契約書だった。
「犯人がわかったわ。とんだお転婆さんだこと」
それは、あのジャラジャラした令嬢がいる隣領のロックフォード家の資料。鉱山資源を奪い取るための商人との契約書だ。
ルイスが戻ってきて、私が契約書を突きつけると、彼は力強く頷いた。
「これで、奴らを追い詰めることができる」
セレスティーナの「こんなはずでは……!」という叫び声が、風に乗って運ばれてきた気がした。
ふふ、主婦の勘と知恵、侮れませんわね。