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お腹いっぱいにしてさしあげますわ!


「ルイス様、領地の状況を詳しく教えていただけます?」


私の言葉に、ルイス様は一瞬、目を細める。

しかし、すぐに小さく頷き、そのサファイア色の瞳は、再び鋭さを取り戻した。

彼の全身から、騎士団長としての威厳が溢れ出す。


(ちょっと残念だわ。あの悪戯っ子のような笑顔、もっと見ていたかったですわ……)



しかし、その声は落ち着いていて、どこか安心感を与えてくれた。


「盗賊は、ここ数週間で勢力を増しています。村の外れにある穀物倉庫を狙い、夜ごと略奪を繰り返しているようです。領民たちは怯え、食糧が底をつき始めています。領主様の体調が優れない今、誰かが指揮を執らねばなりません」



私は、スープの椀を手に持ったまま、少し首を傾げた。盗賊、穀物倉庫、食糧不足……。

まるで、映画のような、ありえない展開ね。



(でも、前世で夫が「夕飯のおかずが少ない!」と、まるで世界が終わるかのように騒ぎ立てた時、冷蔵庫の残り物で何とか乗り切った経験を思えば、これだって何とかなるはず。主婦のスキルって、意外と応用が効くものですのよ!)



「ふうん、つまり、お腹を空かせた泥棒さんがうろついているってわけですのね。だったら、まずはお腹を満たしてあげればいいんじゃない?」


冗談半分で言ってみたけれど、ルイス様の眉がピクリと動いた。



(しまった、ちょっとふざけすぎたかしら。この状況で、おふざけはまずかったですわ……)



しかし、彼はすぐに「それは難しい」と短く返し、再び口元に微かな笑みを浮かべた。



「お嬢様、冗談でも盗賊を甘やかすようなことはおっしゃらないでください。領民が不安になりますよ」

アニエスが、眼鏡の奥の目を厳しく光らせて、私を窘める。


「はいはい、分かりましたわ」

私は、肩を竦めて、そう答えた。



メイド長のアニエスって、本当に真面目すぎるタイプよね。もう少し、肩の力を抜けばいいのに。


でも、彼女の言うことも、もっともだわ。

私は、目の前に残された食材を見つめ、腕を組んだ。

ジャガイモと塩、そして僅かに残った干し肉。これだけの食材で、一体どれだけの料理が作れるだろうか。



前世で培った主婦の知恵が、私の頭の中でフル回転する。

冷蔵庫の残り物で作った、あの絶品リメイク料理の数々……。

あの時のように、この異世界でも、私の主婦スキルがきっと役に立つはずですわ。



(よし、ここは腕の見せ所ですわ!)


私は、心の中でそう呟き、静かに闘志を燃やした。


「アニエス、領地の畑にはどんな野菜が植えられているか知ってるかしら?」



私は、隣で報告書を作成しているアニエスに尋ねた。


「はい、お嬢様。ジャガイモの他に、キャベツ、ニンジン、それにカブが少し。あとは、野草がいくつか……」


アニエスの言葉に、私は目を輝かせた。


「それだけあれば十分だわ。ルイスに伝えて、騎士団に野草の採取を頼んでくれるかしら?食用になるものを中心に、できるだけたくさん」


「かしこまりました」


アニエスは、私の指示を的確に記録していく。


「それと、領民たちに伝えて。食糧の節約と、食糧になりそうなものを持ち寄ってもらうように。特に、穀物や豆類があれば、少しでも分けてもらいたいですわ」


「承知いたしました。すぐに伝えます」


アニエスが厨房を後にすると、私は再び食材と向き合った。


まずは、ジャガイモのスープを大量に作る。

保存食であるカピカピで使い物にならない干し肉を細かく刻んで加えれば、栄養価も上がる。

そして、野草と野菜をたっぷり使った煮込み料理。

これなら、少ない食材でも満腹感を得られるはず。


私は、手際よくジャガイモの皮を剥き、鍋に水を張って火にかけた。

干し肉を炒め、香りを引き出す。そこに、刻んだジャガイモと野菜を加え、じっくりと煮込む。

厨房に漂う香りに、メイドたちが集まってきた。



「お嬢様、すごい匂いがします!」


「これは、領民たちのためのスープですのよ。少しでもお腹を満たしてあげたいから」


私は、メイドたちに指示を出し、スープの味付けを手伝わせた。

日が傾き始めた頃、厨房には大きな鍋がいくつも並び、温かいスープと煮込み料理が完成した。


「アニエス、ルイスは?」


私は、厨房に戻ってきたメイド長アニエスに尋ねた。


「ルイス様は、盗賊のアジトを特定するために、騎士団と共に出発されました」


アニエスの言葉に、私は少し不安になった。


「そう……。彼がいないと、少し心細いですわ……」

「お嬢様、ご心配なさらずとも、ルイス様は必ず戻られます。それよりも、今は領民たちのために、私たちにできることをしましょう」

アニエスの言葉に、私は頷いた。


「そうですわね。まずは、この料理を領民たちに届けましょう」


私たちは、完成した料理を運び、領民たちに配り始めた。

最初は戸惑っていた領民たちも、温かい料理を口にすると、安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます、お嬢様」

「こんなに美味しい料理、久しぶりです」


領民たちの感謝の言葉に、私は胸が熱くなった。


「気にしないで。みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられますわ」



私は、領民たちを励まし、共に食卓を囲む。


日が沈み、夜の帳が下りる頃、私は厨房に戻り、明日のための料理の準備を始めた。



「お嬢様、少し休まれた方が……」

アニエスが心配そうに声をかけてきたが、私は首を横に振った。


「まだやることがたくさんありますの。明日は、領地の畑の手入れをするわ。少しでも収穫を増やさないと」


私は、前世で培った家庭菜園の知識を思い出し、畑の手入れに必要な道具をリストアップした。


「アニエス、明日は領民たちにも手伝ってもらうわ。みんなで力を合わせれば、きっと素晴らしい畑になるはずですわ」


私は、希望を胸に、明日の計画を立て始めた。

異世界での生活は、決して楽ではない。しかし、私は前世で培った主婦の知恵とスキルを武器に、この世界で生きていくと決めた。

そして、いつの日か必ずこの領地に笑顔を取り戻すと。



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