幸せですわ!
それから数週間が過ぎ、リバーウッド領は少しずつ活気を取り戻しつつあった。
セレスティーナの協力もあり、ロックフォード家からの補償として穀物や資材が届き、領民たちの暮らしに余裕が生まれ始めた。
畑も順調に育ち、盗賊の影は遠のいた。私は、主婦の知恵とこの新しい身体に宿るお嬢様の気品をフル活用し、領地を立て直す日々に追われていた。
そんなある日、ルイスが屋敷を訪ねてきた。彼の騎士団の制服はいつものように埃っぽく、腕の傷跡は薄れつつあるものの、まだその勇敢さを物語っている。サファイア色の瞳が私を捉え、どこか緊張した面持ちで近づいてくる。
「お嬢様、少しお時間をいただけますか?」
「もちろんですわ、ルイス。どうしたの?」
彼は一瞬、言葉に詰まったように視線を落とし、それから意を決したように顔を上げた。
「この領地を共に守り抜いた日々で、俺は気づいてしまった。お嬢様、あなたがいなければ、俺はここまで来られなかった。あなたの知恵も、優しさも、そしてその笑顔も……俺にとって、かけがえのないものだ」
私は一瞬、息を呑んだ。彼の真剣な眼差しに、心臓がドクンと跳ねる。まさか、こんな展開が待っているなんて、前世の私なら想像もつかなかったわ。
「ルイス、それは……」
「好きだ。お嬢様、俺はあなたが好きだ。ずっとそばにいて、あなたを支えたい。そして、もし許されるなら、あなたと共にこのリバーウッドを未来へと導きたい」
その言葉に、私の頬が熱くなる。目の前のルイスは、クールな騎士団長の顔ではなく、ただ一人の青年として私を見つめている。子犬のような無邪気さと、深い優しさが混ざったその表情に、私の心は完全に捕らわれてしまった。
「……私だって、あなたがいなければ、ここまで頑張れなかったわ。ルイス、あなたの強さも、優しさも、私には何より大切なものですわ」
私はそう呟き、彼の手をそっと握った。ルイスの手は大きくて、少し硬くて、でも温かかった。前世で感じたことのない、この新しい世界での愛おしさが、私の胸を満たしていく。
「じゃあ、これは……」
「ええ、私もあなたが好きですわ、ルイス」
その瞬間、ルイスの顔に、あの悪戯っ子のような笑みが広がった。サファイア色の瞳がキラキラと輝き、彼は私の手をぎゅっと握り返す。
「ありがとう、お嬢様。いや、これからは下の名前で呼ぶ栄誉をくれないか」
「ふふ、いいわよ。ルイス」
私たちは顔を見合わせ、静かに笑い合った。
庭の隅に咲く白い花が、そっと風に揺れている。その花を見つめるルイスの横顔が、あまりにも愛おしくて、私はそっと彼の肩に寄りかかった。
◇
時は流れ、リバーウッド領は見違えるほど豊かになった。
畑は黄金色の穀物で溢れ、領民たちの笑顔が絶えない。
私はルイスと共に領地を治め、時には厨房に立ってスープを作り、皆を笑顔にする日々を送っていた。
セレスティーナも時折訪れ、彼女なりに領地の復興に協力してくれるようになった。
ロックフォード伯爵には厳しいお仕置き(と言っても、私とアニエスで説教を垂れただけだけれど)が待っていたようで、彼も大人しくなったらしい。
ある晴れた日、私はルイスと二人、領地の丘の上に立っていた。眼下に広がる豊かな景色を見ながら、彼が私の手を握る。
「君と出会えて、本当に良かった。この領地も、俺の人生も、君がいてこそだよ」
「私もよ、ルイス。あのスーパーの特売コーナーで人生が終わるかと思った時、まさかこんな幸せが待っているなんて思わなかったですわ」
ルイスが少し驚いた顔をして、それから笑う。
「スーパー? 特売? 君の話は時々不思議だな。それが君らしくて、愛おしいよ」
私はクスッと笑い、彼の胸にそっと頭を預けた。異世界での新たな人生は、前世の記憶と混ざり合いながら、確かに私のものになっていた。そしてルイスとの愛は、この物語を温かく、優しく締めくくってくれた。
「これからも、ずっと一緒ね」
「ああ、ずっとだよ」
太陽が地平線に沈む中、私たちは手を繋ぎ、未来へと歩き出した。38年間の主婦生活も、トラックに轢かれたあの瞬間も、すべてがこの幸せへと繋がっていたのだと、私は心から思った。
「わたくし今の人生も最高に幸せですわ!」
これにて完結!ありがとうございました。
「星の魔女リナは、エリクサーが作りたい!」連載中です。他短編たくさんあります。あわせてご覧ください。




